君と花を愛でながら

「すみません。どんくさくって」


たったあれだけの作業で手間取ってしまって、きっと呆れられた。
恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じながら俯いていると、くすくすと笑い声が上から落ちてくる。


「仕方ないよ、まだ一週間だし……何より、教えてくれるはずのマスターがアレだしね」
「はあ……」


笑ってくれたことに少しホッとしたのと、『アレ』と含みを持たせた言い方に私もつい苦笑いを浮かべてしまう。確かに……とカウンター奥の階段に目をやる。


階段が続く二階は住居スペースになっているらしい。
このカフェのマスターである一之瀬さんはそこで暮らしていて開店の十分程前に降りてくる。


「教えるとかほんと向いてないよな、あの人」
「いえ……そんなことは。私が気が利かないだけで」


一応、マスターの顔を立ててそう言ったけど、零れる苦笑いは隠せない。
確かに、あの人は教えるつもりがないのか、もしくは「見て覚えろ」とスパルタ系の人なのかと思ってしまうほど、バイト初日からほったらかしだった。


見兼ねた片山さんが厨房から出てきて指示を出してくれるまで、私はおろおろとマスターから数歩離れた距離を保ってついて回るだけだった。


『わかんないこととか、何したらいいか、とか、ちゃんと口に出して聞けばいいよ。男ばっかで聞きづらいかもしれないけど』


片山さんがそう私に声を掛けてくれて、そのことで漸く気付いてくれたらしい。


『じゃあ、伸也君。三森さんに仕事を教えてあげてください』


きっとその瞬間まで、『教える』という事項はマスターの頭の中になかったんだと思う。