「結局、そのオープンの日には来なかったんですけどね」
「へえ。それはなんで?」
「大学に受かったら、来ようと思って! 願掛けのつもりだったんです」


店内には、静かにクラシックのBGMが流れている。
私がこの店に一目ぼれしたのはもう一年以上前の話で、その時の感動を思い出しながらついうっとりと熱弁してしまっていた。


相槌を打ってくれている厨房スタッフの片山さんは、白い制服姿で客用スツールに腰かけている。
私はカウンターの中で、プラスチックの平たい番重からケーキをガラスのショーケースに移していた。


「あ、じゃあ綾ちゃんって大学生? てっきりフリーターだと」
「……フリーターですよう。そこは聞かないでくださいよ」


あんまり古傷を抉らないで欲しい。
試験に落っこちた時の衝撃を思い出して、私はつい唇を尖らせてしまった。


バイトを始めたきっかけを尋ねられると、どうしてもその時のことを話すことになる。


「おお、悪い。しかし気にするな、俺も落ちた」
「えっ、そうなんですか。けど片山さんはすごいじゃないですか」


けらけら笑って言う片山さんは、近くの商店街のケーキ屋さんの息子さんだ。
このカフェではその店からケーキを卸してもらっていて、片山さんが朝出勤してくる時に一緒にケーキを運んで来てくれていた。


「パティシエの修行中なんでしょう?」