モバイバル・コード

 特別に何があるわけなく、赤い絨毯(じゅうたん)が奥のドアに向かい敷いてあるだけ。


 エレベーターホールの前にあるこの灰色のソファが唯一目立ったものだった。


 そして、立て看板が置いてある。『応接室はこちら』と簡素に。


「緊張が取れないよ、どうしよう」


 手鏡で前髪を直す愛梨を、オレは呆れ顔で見つめた事だろう。彼氏が目の前に居るんだから、兄貴兄貴言ってないで雷也に気を使えって。


「久しぶりに会うだけでしょ。僕だって緊張してるんだから……龍ちゃんは違うみたいだけどね」


 雷也の表情も心なしか硬い。そして言っている事は事実だ。


 慶兄に会える、少しだけ成長した自分を見て欲しい。


 アルバイトの毎日、疲弊しきってる今の状況だ。慶兄の言ってた事が今なら分かる気がする


 取っ手の部分にきれいな装飾がしてある観音開きの扉。


 オレが押し開けると、目の前に4,5段の段差があった。


 その上に人影が見える。窓の所だろうか。


 真ん中にガラステーブルがあり、対面にソファが置かれている。


「ふぅ…」


 オレは二人に聞こえるくらい、息を整えた。


 慶兄は奥の窓の外を覗いてたようだ。


 こちらへ振り返り白い歯を見せてニッと笑った。


 先程、テレビ出演した人間に会うのはなんだか変な気持ち。


 画面を通じて見た時より更に若返ってる気がする。