モバイバル・コード

 男の声が少しだけ震えていた。


「会長は多忙な方です。あの、本当にそれだけで会長に伝わるんですね……? あなたの話を信じます……」


 通話が保留に切り替わり、メロディが流れ始めた。


 オレは窓から秋の夜空を見上げる。冬の匂いがする。


「……もしもし」


「はい」


「お待たせしました、会長に一言伝えました。伝言を承っております」


「秋葉原の『イルミナスタワー』の30階『特別応接室』に今夜11時に来て欲しい。お知り合いの2名にも必ず来てもらうように、との事です」


 良い人だ。ちゃんと慶兄に繋いでくれた。


 オペレーターの所属は違うかもしれないが、流石は政府の息がかかってる人間。


 おざなりな対応はナシ、か。


 オレは慇懃(いんぎん)にお礼を述べ、電話を切った。


 ……となれば、今からする事は一つ。


 テレビを見ながら外した腕時計をもう一度『右手』に着ける。
 

 慶兄に時計を貰った時に言われたんだ。


「龍一、どうしてお前は右手に時計をつけるんだ? 利き腕だから使いづらいだろ?」


 あの時、オレは恥ずかしくて笑って誤魔化した。


 『左利きの慶兄』に憧れて右手につけたなんて言えなかったんだ。