長期休暇を開けた高校は久しぶりの生徒の姿に賑わっていた。
今日から新年度、新学期が始まる。
その不安と高揚感で生徒たちの多くは落ち着かない風情だったが、中には何とも思っていない者もいる。
香坂紫(こうさか・ゆかり)もその一人だった。

内側にカーブした栗色の髪がセーラー服の肩で踊る。
表情の薄い、しかしはっきりした造りの顔は進行方向をまっすぐに向いていた。

新しいクラス名簿が貼り出されている昇降口は人で溢れている。
紫は溜め息を吐いてその集団の中に踏み込んだ。

「わー、最悪、クラス別れた」
「俺何組ー?」
「何、お前藤沢組?」
「今年終わったわ」
「よかったじゃん、彼氏と一緒で」

あちこちで喜びや不満の声が挙がる中、左に掲示された物から順に自分の名前を探す。

(私のクラスは…)


A組とB組に紫の名前はなかった。
11もある膨大なクラス数が今は恨めしい。

他の名簿を見るべく移動しようとした彼女だが、おしくらまんじゅう状態が災いして思うように進めない。
どうにか突破しようと試行錯誤していると、すれ違おうとする男子のかばんがぶつかる。
あ、と思う間もなく、体が傾いだ。
衝撃を覚悟した時、長い左腕が紫の背中を支えた。

「っと」
「…恭介(きょうすけ)」

紫は腕の持ち主の名を呼んだ。

「ありがと」
「どうも」

恭介は掴んだままの腰を抱いて、紫を人混みから連れ出した。

「それより見たか?俺ら2のDだってさ。木村ティーチャー」
「私ら同じクラス?」

紫は目を丸くした。

「そ」

クラス数が多いため、友達と同じクラスになることは半ば諦めていた。
幼馴染みの彼と同じなんて嬉しい誤算だ。

「へえ、じゃあ二年ぶりか。今年もよろしく」
「課題忘れた時は頼むわ」
「調子に乗らない」

言って、二人は笑いあった。