足取りは軽かった。浮かれていると言った方が適切かもしれない。
歩を進めるたびに私の中に夢の光景が飛び込んでくる。
ところどころに私の見覚えのない店や看板が存在しているけれども、それは部屋の隅の壁紙のほんの小さな覚えのないシミみたいなもので気にするに値しなかった。
大きな視野でとらえた時にこの目の前に広がる光景はまさしく、私が渇望に渇望を重ねた街なのである。
街の構成員から推測して、現在は平日の昼過ぎと判断してよさそうだった。
中核都市であるこの街は、平日のこの時間帯に、屋内にもっとも多くの人を溜めこんでいるようである。何度かすれ違う人たちが私のこの「非文明的」な身なりを睨み付けてはいたが、幸い「知り合い」に会うことなくデパートに到着することができた。
しかしながら目標地点にたどり着いたときに、私は一抹の寂しさと安心感を感じた。そのデパートは人を引き付ける力を完全に失っていた。
この街が滅ぶ前から私の世界でもこのデパートの陰りは見えていた。郊外に進出した大型ショッピングセンターの出現により、まず商店街が廃れ、そしてデパートが追いやられることになった。
幼き日にデパートの扉の前に立った時の、ガラス越しに見える宝石のように輝いて見えた化粧品の陳列されている姿も今は、草臥れて、その高級さが滑稽に見えるだけだった。それが故に、このような身なりをした私でもこのデパートならばそれほどの異質を与えないのではないかと思った。
それでも私が意を決して入ったデパートの一階は、絢爛さをもってして私を迎い入れたように感じる。
「いらっしゃいませ」と女性の艶のある声が聞こえ、私は思わず俯いた。
小汚い足元を見ながら、歩を早めた。
今までは化粧をするどころか、いかにして顔に、体に傷をつけないようにするか、生き残るように努力をするのかを考える世界だった。
しかしながら私にはまだ「この世界」に帰化できると決まったわけではない。
私の体は勝手に階段の方へと向かっていった。シトシトとつま先で着地をしながらなるべく音を立てず二階、三階へと上がっていった。