「え」
と私は声を漏らした。なぜなら私の目の前にはあり得ない光景が広がっていたからだ。何度も何度も頭の中でこの日に戻れないかと祈り続けて叶わなかった頭の中の遠い昔の世界が。
ただ夢のようだった。さっきまでの地獄はどこへ行ってしまったのか。
あり得ないが見覚えのある世界。ほんの数年前までは私も、ほかのみんなにもあって当たり前の世界、あって当たり前の街だった。
私の目の前には、外装がレンガと白を基調とした駅が厳然とそこに立っていた。地上から50メートルほど天に伸びたその建物は「私の知っているころ」より明らかに縦に伸び、そして活力を増しているような気がした。
この景色は「完成図」として見たことがある。私の記憶があるころに着工しシートがかけられ、パイプの足場は完成されていたように思う。「完成図」はテレビで見たことがあった。お母さんとテレビの前で、新しく駅ビルに入るテナントに行こうねと言った記憶がある。翔とも行く約束をした。
それからミサイルが着弾するまで、私は駅を何度も利用したし、彼も生きていた。
何とも奇妙だけれども数年前までは当たり前だった光景だろうか。
物々しく迷彩柄の軍服を着ているものも、空を見ながらおびえて歩くものも全く見当たらない。スーツ姿で鞄を下げて道端で懸命に花を咲かしている雑草に目もくれずに、いそいそと歩を進めるサラリーマン。短いスカートを履いて、濃い化粧をし、茶色で傷んだ髪の毛をもてあそびながら馬鹿笑いしながら駅前でたむろする女子高生。母親と手をつなぎ、ショッピングセンターへと買い物へ向かう園児。日向ぼっこをする老人。
この前まで当たり前で、でも永遠に手の届かないものとなってしまったものたちが、一斉に私の目の間に現れた。
夢を見ているに違いないと、私は右手で頬をつねった。鈍い痛みが右頬を支配した。
駅から片側二車線の道路を挟んだ向かい側の商店街の入り口で、私は現実を受け入れ、そして現実との格闘を始めることとなった。