いつもと同じ時間。ちょうど腕時計の短針は9を指し、長針は天辺を向いていた。聞こえるのは私の足音だけ。自分だけの世界。
平日の日は、17時には学校から家に帰って、1時間数学、ご飯を30分で食べて、入浴タイムが1時間。お風呂上りにプリンを食べて、英語を1時間勉強。大体8時半から、気分転換に夜の住宅地をお散歩。9時に帰って、国語を1時間、1日交代で世界史と生物を1時間。次の日の授業の準備をして11時に就寝。これが真面目な大学受験生の生活。
女の子一人で危ない危ないと言われるけれども、30分の散歩は外せない。別に人通りは多くないけど、近所をプラプラ歩くだけだし、ご近所は大体私の知り合いだし、そもそも変態なんかに会ったことないから全然怖くありません。
よっぽど、街灯のに群がる蛾が目の前を羽ばたいたほうがビックリする。
携帯だけは握りしめて、いつもと同じコースをいつもと同じ足取りで、同じような物思いにふけりながら歩く。
今日ももうすぐ家にたどり着く予定だった。
まだ少し冷える5月上旬の夜。ピカピカと街灯が点滅する。
車2台がすれ違える住宅地の道路。車はまず通らない。
私は道のわきを歩いてみたり、道路の真ん中を歩いてみたり。
たまには近所のポチにご挨拶。
今日ももうすぐ家にたどり着く予定だった。
ピカピカと街灯が点滅する。私の足が止まる。
目の前には灰色のパーカーを被った人間がこちらを向いて立っている。
とても華奢な体のように見えるが、ソイツの右手には何やら物騒なものが。
街灯の点滅とともに、ソイツの右手が怪しく反射する。
今日ももうすぐ家にたどり着く予定だった。
その後、古文の単語、助動詞の用法をいくらか覚えて、フランス革命についてをノートをまとめて、明日に備えてしっかりと睡眠をとるつもりだった。
けれどもどうやらそうもいきそうにない。
ソイツは走り出す。私に向かって走り出す。
ふっと息が漏れる。私の呼吸が乱れる。脈が速度を上げる。目が自然と開かれる。でも声は出なかった。
確かに私は確認した。ソイツの正体を。
見たことのある顔だった。寂しい女の顔だった。