いかにも彼女を偶然見つけた、そんな感じを装って言葉をかけた。
格好をつけて“おはよう。”と言おうとしたが、小心者の性で後から「ございます。」を付け加えてしまった。そんな自分自身に情けなくなった。その言葉を聞くと彼女は少し驚いた様子でこっちを見た。
 そして、少し微笑んでこう言った。
 「おはようございます。」
 気の利いた男ならこのあとすぐに楽しい会話に繋げたりするんだろう。でも、僕は何も話す事も出来ずに、少し気まずい雰囲気に彼女はなってしまっていた。沈黙は一駅、二駅と続いた。沈黙に耐えられなくなったのだろうか、彼女の方から僕に話しかけてきた。
 「今日から1週間、仕事つらいですね。」
 当たり障りのない会話だった。今度こそ、と思いながらも僕の口から出てきた言葉は何とも素っ気ないものだった。
 「そうですね。」
 深い後悔が僕を襲った。と同時に、彼女の顔が落胆していくのがわかった。それを見て、僕の掌はもうつり革が掴まっていられないほど汗が噴き出していた。