天使の恋と涙

「天使のご到着ですー。」

朝から、クラスの男子がうるさい。

「おはよう。」
私は、にこ。と、全員に笑いかける。

「天使が…俺に笑いかけてくれた!」
「お前じゃねーよ。俺に笑ってくれたんだよ、自意識過剰が!」


ずっと笑顔っていうのも疲れる。
本当は人気とかくだらないな、と思ったりもするけど、
それを手放したら私には、きっと何もなくなっちゃう。

作り笑顔のまんま教室までの道を歩いていると、
突然私の名前を呼ばれた。

「熊田先輩!」

あれー、確か、私と仲の良い女子3人以外は私に話しかけるの禁止じゃなかった?暗黙のルールで。
ま、いいけど。
元々くだらないルールだし。
でも、あとでどうなっちゃうかな。

一応振り返ると、

真新しい制服がぶかぶかで、
どっからどう見ても新入生だった。


「何、かな。」
「あの…」

何かを決意してうつむいていた顔を上げ、私の目を力強く見つめた瞬間、

…彼は、連行された。

「…わぁっ!」
「お前、高1のくせに生意気なんだよ!」
「先輩と話していいのは先輩のご友人だけなんだよ。」
「次こんなことしたらタダじゃおかねぇかんな。」

なぁーんか、騒いでる。
高2が、いばり散らす後輩ができて調子に乗ってるのね。
とりあえず逃げよう。
急いで教室へと向かう。


すごく意志の強そうな子だったな。
ああいう、芯の通った表情は好き。
あんな風に強く生きてる人間ってあんまりいないもん、…私も含め。
背は私より5センチくらい低そうだったのに、
私なんかより…全然大きかった。

でも、出る杭は打たれる世の中。
変だよね。なぁーんも考えてない薄っぺらな人間が、強い人間を馬鹿にして蔑む風習。


と、考え事をしながら席に座ると
私と話してもいいことになってる3人組が来た。

「またうるさい奴らが騒いでるけど、今度は何?」
「あぁ、なんか新入生くんが私に話しかけてきた。」
「そのパターンか。この時期は多いね。」
「新入生や転入生は知らずにやっちゃうからね。」
「罪な女だねぇ、リオは。」

「あはは…うるさい。」

ちなみにこの3人は、私が天使でもなんでもないことを知っている。
それぞれ役に立つから友達。
ちょっとムカついたから、仲良く談笑してるような雰囲気で声だけトーンを下げていってみた。

「ごめんごめん、冗談だってば。リオに罪はないもん。」
「可愛くて美人で華奢で女子力高くていかにもモテそうなのに、清楚でビッチっぽくない、性格も頭もいい。そりゃ男がほっとくわけないよねー。」
「もう。怒ってないよ~。」

あ、いじめ過ぎた?
みんなで必死に私を持ち上げてる。
そんなこと思ってないって、バレバレなんだけど。
でも友達を傷つけることはしない。
そこは完璧に演じてみせる。

「あっ、そういえば、今日は体育館で朝礼だよ。」
「えっ、マジかー、ダルい。ねぇねぇ、リオの先生キラーパワーでなんとかなんないの?」
「なにそれ。…まぁまぁ、いいじゃん。座って担任の話聞くのもそんな変わんないって。行こ。」
「はーい。」

私だって疲れるわ。
何かあるたび先生に文句言うの。

結局、人間はお互い利用しながら生きていくもの。
「助け合い」なんて甘っちょろいものじゃなく。
…誰だってね。
私だって、利用するときは思いっきり利用するよ。
役に立つ人としか関わる気ないし。


いつものように、
大げさに開けられた渡り廊下の真ん中を通って体育館に着くと、
まだまだ緊張した面持ちの新入生たちが綺麗な列を作って並んでいた。
そういえばさっきの子、大丈夫だったかな?



いた。
あー、また随分と派手に…
顔に一発お見舞いされたのね。


「リオ?どうしたの?…なに、新入生に気になる子でもいた?」
「え?」
「いやー、すごく見てるから。」
「ううん、なんでもないよ。」

やば。
そんなにジロジロ見てたか。


うーん、名前だけでも知りたかったんだけどな。
でも私が話しかけたら、今度こそあの子、殺されそう。
残念だけど、いつか聞こう。


そして、高3の後ろの列に並ぶ。
あの子は高1でも前の方にいるから、
ちょうど対角線の位置になる。
しばらく離れてなきゃね。
…初日からあんなに派手にやられたのって、割と前代未聞だし。


でも。
長ったるい校長の話が終わって、
タラタラと歩いていると、
誰かがその対角線上をすごい勢いで走ってきた。

「理央先輩!」

…ちょっと。
また暴力振るわれたいの?
若い。周りが見えていないんだね。
でもそういうの嫌いじゃないんだ。
私は、どこかに置いてきてしまったものだから。

「さっきはすみませんでした。僕は、1年の平野晃です。先輩、好きです。付き合ってください。」

そう言って、手を差し伸べてきた。


「…いいよ。」


気づいたら、こう言って彼の手を握っていた。
生まれて初めて、計算なしにこんなに優しい声が出た。

「えっ。ほ、本当ですか?」
「…本当だよ。それより君、保健室…行かないの?」
「っ行きません。僕は強いから。」
「そ。じゃあね。平野くん。」


空気が固まるって、こういうことを言うんだね。


でもそんなの知らない。
「ほら。マキ、ナオコ、ユリノ。さっさと帰ろ。」
「…う、うん。」
「そ、だね…」