これ以上、バレたらまずい。
これからは毎朝薬を飲んで登校しよう。

「先輩!」

…平野くん。
あはは。もう私、声でわかるようになっちゃったよ。
でも振り向かない。

「もう、私に関わらないで。」

今日は土曜日。
あの日から1週間も経って、ついにしびれを切らしたであろう彼に、
残酷な言葉を浴びせる。

「…え?」
「あ、診療代なら払うから。1万あれば足りるかな?えっとー、財布、財布…あった。はい、残りは君のお小遣いにしていいから。…キャッ」
…抱きつかれてる?
「離しませんから。僕を頼ってください。」
「だめ。離して。…あなたは、コハルちゃんの元に戻るの。」
「っ…!」

隙を見て離れる。

…ごめんね。
君の悲しそうな顔が見たいわけじゃない。
でも、私は〝雪の女王〟にしかなれないから。

私が歩き出すと、
後ろからうるさい声が聞こえてきた。

「お前、フラれてやんの。」
「調子こくからだよ。」
「これで分かったか、先輩はお前なんか相手にしないんだよ。」

…彼はまた、連れて行かれる?
暴力振るわれる?

私のせいで…?

必死に追いつき、気づくと私は叫んでいた。

「やめてーー!!」

…痛い。
平野くんとヤンキーの間に割り込んでしまったら、頭を殴られた。

「先輩?!」

「平野くん、逃げるよ!」

彼の手を引き、そこから必死で逃げ出した。
屋上に来た。

「先輩…どうして。」
「今回は見て見ぬふり、しなかったよ、私。」
頭…ズキズキする。
「…見て見ぬふりしていて欲しかったです。これは僕の問題ですから。
…これじゃあ、男として失格です。女の人を守るどころか、怪我をさせてまで助けてもらうなんて…」
今、私の顔すごく歪んでるだろうな。痛い…。
平野くんに、背を向けたまま話す。
「…じゃあ、私は先輩失格だね。後輩のいい見本になるどころか、約束すっぽかしたり病院に連れて行ってもらったり。」
平野くん、こんなに痛かったんだ。
「…」
「見て見ぬふりなんかできなかった。…ううん、最初にそうしてしまったことをとっても後悔した。
…好きだよ。平野くん。私、君のこと好きになっちゃった。」
「…先輩。」
「でもね。〝雪の女王〟、知ってるでしょ?小さい頃、大好きだった童話なんだけどね。…私は、一生ゲルダにはなれない。雪の女王だから。…悪魔だから。カイをゲルダから奪ってしまう、悪い女王、悪魔なの。カイは…あなたは、鏡の欠片が刺さっているだけなんだよ。戻って。」
「…」
「…私、思ってたよりも弱いみたいで。自分からあなたを解放できない。だから、自分で逃げるのよ。
…私をふって、コハルちゃんのところに…」
「いいです。」
平野くんが、私の前に立つ。
「え?」
「先輩が雪の女王だろうと悪魔だろうと。…構いません。欠片が刺さったままでも、連れ去られたままでも。」
「何言って…」
「決めたんです。僕は先輩を守るって。」
「…」
「だから、僕を頼ってください。利用してください。」
「平野くん…」
「理央さんによって凍てついた僕の心は、理央さんにしか溶かすことはできません。僕にとったら、理央さんは太陽なんです。」
いつの間にか、呼び方が〝理央さん〟になった。
「…そばにいたら、今度は火傷しちゃうかもよ。」
不思議ともう、頭は痛くなくなっていた。
「…そうですね。」

キーンコーンカーンコーン…
遠くのどこかで、鐘がなる。
…分かりました。
では、あとちょっとだけ夢を見させてください、神様。