私…生きてる。
この手はまだ暖かさを感じる。

まだ、頑張ってくれたみたい。
私の体。

でもじゃあ、あの時ふわっとしたのは何だったんだろう。

平野くんのお父さんの病院…
まさか。
平野くんが、私を抱えて?
ううん。あの体でそんな…。

…いや。それしか考えられない。
現実から目をそらすのはもうやめよう、私。

「熊田さん、起きたみたいですね。…起きてすぐで悪いんだけれども、手帳が、あるはずだよね。見せてもらってもいいかな。」

平野くんのお父さんがお医者さんだったなんて。
でも、これは誰にも知られるわけにはいかない。

「…知りません。大丈夫です。…よく、あるんです、貧血。大変お世話になりました。失礼します。」

そう言って出て行こうとした私の腕を掴んだのは。

「っ!」

平野くん。

「離して。」
冷たく言葉を放つ。
「…隠さないでください。お願いですから。」
いつになく真剣な顔で、怖い。

…何かを知ってるの?

「だめだよ。まだ、寝ていないと。安静にしていて。…大体、分かっているから。見せる気になったら、見せてね。」
と、お父さんにベッドに戻される。


あーあ。
私、平野くんを甘く見ていた。
…平野くんのまっすぐさを。
このことは、誰にもバレた事がないのに。
私は彼を見て見ぬふりしたのに、
彼はまっすぐに私を見つめる。

…そういえば、平野くんは私を、何と紹介したんだろうか。
ふと、そんなどうでもいいことを考えた。

「…すいません。勝手なことしてしまって。こうするしかなくて。」
「…あのとき。もう3時くらいだったよね?…5時間も待ってたの?」
「はい。来てくれて、ありがとうございました。」
「怪我してるのに、雨の中傘もささずに…髪も洋服もまだ濡れてるじゃない。あとそれからね、コハルちゃん、だっけ。もっと大切にしたほうがいいよ。パシらせるなんて…。」
「っ…」
「あの子は、君と同じ目をしてる。お似合いだと思うよ。」
「…残酷なこと言うんですね。」
残酷…?
そうだね。私は残酷なのかも。
「私なんかに構うより、もっと大切にしなきゃいけないものがあると思う。」
「…もう、いいです。」

そういいながらも、ずっと隣にいてくれる平野くん。

思い出す。
子供のころ大好きだったあの話。

雪の女王。

私は、雪の女王になってるんじゃないかな。
純粋なカイを、ゲルダの元から連れ去ってしまう…悪魔。
平野くんは、鏡の欠片が刺さってしまった哀れなカイ。
…早く、彼を帰してあげないと。

仕方がない。
意を決して、担当医の先生がつけてくれている手帳を取り出す。

「これ。お父様に。あ…やっぱりいいや。自分で持っていく。」
「せんぱ…」

トントン。

「失礼します。」
「…あ、まだ立ったら…」
「手帳です。」
「…よく持ってきてくれたね。」
「と、いうことで。私に平野くんを縛る権利はありません。もう帰ります。お金は…後日息子さんにお渡しするので。ご迷惑をおかけしました。色々とありがとうございました。
それと、息子さんの怪我も、治療してあげてください。私、細かいことよく分からないですが、彼は色々隠していると思います。」
お父さん相手に、まくし立てる。
…かなり失礼だ。
目上の人に…
いや、誰かに感情をぶつけるなんて。
さっきから、私らしくない。
病気のせい…?
「…知ってるよ。でも、あいつも男だ。自分でなんとかさせる。本当に困って、あいつから頼ってきたときだけ、助ける。」
平野くんと同じ、平野くんのお父さんはまっすぐな人だ。
「手遅れになる前に…お願いします。では。」
不思議と、お父さんは追いかけて来なかった。

今度は馬鹿なことしないで、
ゆっくり歩く。

雪の女王か…

雪の女王って不思議なお話だよね。

タイトルは〝雪の女王〟なのに、
主人公はカイとゲルダ。
…幸せになるのもカイとゲルダ。