恋するキオク




「……」



何も言えなかった。

全部春乃の言う通りだったから。



「ごめん…冗談」



うつむいたままの私に春乃が囁く。



「ううん、私がおかしいんだもん」



息を吹き込まない楽器から、指で穴を塞ぐ音だけが何度も聞こえてた。





その日はなんだか春乃とも気まずくて、私はいつもの帰り道を一人で歩いてた。

省吾は今日も練習には出て来れなくて。私のあげた楽譜にも、目を通す暇がないんじゃないかって思う。



気がつくと目の前にはあの音楽店。

何を思ってここに来たのか、自分で考えてしまうことも怖い。

私は、どうしてここにいるのかな。



見上げれば二階の窓には明かりが灯ってる。

店に入れば、多分今日も圭吾のピアノが聞こえてるんだろう。



入ろうか…

でも、それはおかしなことなんだって思い知らされたから。




私は向きを変えて駅への道を戻り始めた。



ガラッ

窓の開く音。



「野崎」


「…っ」



圭吾の声だ。

振り返ってもいいのかな。

悪いことじゃないのかな。


ゆっくり顔を上げて窓を見ると、圭吾は不思議そうに下を眺めてた。



「今帰り?オレも今下降りるから」



それはここで待ってろってこと?

それって、ダメなことじゃない?



しばらくして店の入り口から圭吾が出てきたのが見えると、勝手に目の周りが熱くなった。



「ちょうど帰るとこだったんだ…って、また!?」


「ちが…う……」



圭吾を見るとなんだか辛くなる。

息がしづらくなって、胸が締め付けられて。



「ここでは勘弁しろって」



自分でも、なんで泣きたくなるのか分からないんだ。