恋するキオク




暗くなった地面に膝をつき、積まれたタイヤに両腕を乗せる。

うまく言葉に出せなかったオレの代わりに、いつも気持ちを表現してきてくれたのは

やっぱりこの二本の腕だった。



家族の中で心を開けなくても、願いなんてひとつも叶えられなくても

ピアノがあったから、オレはここまで歩いて来れたんだと思う。



でもこれからは、別の糧を前にオレは進んでいくから。

野崎がずっと幸せに生きていくこと、笑って過ごせること

ただそれだけで…





「ホントにいいのかよ」


「あぁ…」


「今日の演奏はどうする」


「……曲は、聴かせられないって伝える。今だけじゃなくて、それは一生かもしれないけど、べつにオレの気持ちが変わるわけじゃない。
だからもし、それで野崎がお前との道を選んだとしても、ずっとこの気持ちを持ち続けることさえ認めてもらえるなら、腕をかけることなんて構わないよ。
それにこれから先も、オレがあいつを見続けることにだって、文句は言わせない」




最初から、本当にすべてを奪えるなんて思ってなかった。

この腕は、これまでオレがやってきたことへの償い。

そしてこれ以上は、望まないことへの誓い。



省吾がどれほど野崎を想ってるかはわかってるから、大丈夫だとは思ってるけど

それをちゃんと見届けたいっていうのが、オレのわがままで…



ただ、いつまでも野崎を見つめていられる場所に、オレは存在したいだけなんだ。




聴かせないと始まらない。

でも始まりがないなら、終わることもないのかもしれないし。



やっぱり気持ちだけは、変えられそうにないからさ。




「……わかった。じゃあしっかり歯くいしばっとけよ」


「…………」