まだ人の気配も少ない早朝。

省吾の視線を感じながらも、オレは家を後にして学校までの道のりをゆっくり歩いた。



喜ぶことも、悲しむことも

いつの間にか、心の奥底に抑えてしまうということを覚えて

ずっと感情のない人形のように、表面に見えるものだけで生きて来た。



誰のことも信用しないで、気持ちをぶつけることも諦めて

ただ意味もなく毎日を過ごして。



そんな中で、一時も消えることがなかった音楽への想い。

たったひとつの支え。

それと同じくらいに…

いやそれ以上に、
オレには野崎が……






「米倉くん」



同じクラスなのも時に厄介で。

他の奴らと顔を合わすのも気が引けるし、オレは下足箱に手紙を入れて野崎を屋上まで呼び出した。

小さく手を振って、非常階段の扉から出てくる笑顔。



空に近い場所で吹く風は、あの頃と変わらない気持ちを誘ってくれる。



「ラブレターが入ってるのかと思ってびっくりした」


「違ってて残念だったな」



少し呆れて見下ろすオレに、ふざけた野崎が手紙を開いて見せた。



「でもそれっぽくもあるよ?読んであげようか、えっとね…。野崎へ、1校時のHR後に…」


「ばかやろ、貸せっ」


「え、ダメだよ!私がもらったんだからー」


「書いたのはオレだ!」



取り上げようと腕を掴めば、想いは関係なくても距離が近づく。

まっすぐ目が合って、でも言葉は上手く出せなくて。



野崎と一緒にいるようになってから、泣いたり、本気で笑ったり、オレの感情は忙しくて仕方なかった。

忘れられた今も、こうして些細なやり取りでその気持ちは大きく揺れる。

ずっとこんな風に一緒にいたくて、隣にいても足りないくらい抱き寄せたかった。



「なんか…、一瞬懐かしく感じちゃった」



そう言って笑う野崎を見て、オレはゆっくりとその手を離す。

そして思わずぼそっと出てしまった、オレのやるせない想い。



「……覚えてもいないくせに、よく言うよ」



消せない悔しさは、やっぱり残ってたから。