恋するキオク




無機質な鍵盤に指を置き、何のフレーズも感じない音を繰り返し鳴らしていた。

ブラインドのかかる窓からは、朝日と夕日が入れ替わりで光を射し

オレはまた、以前のように迷いの中でピアノと向かい合う。



ただ違うのは、曲を奏でようとすれば何かが引っ掛かるのに

響く一つ一つの音だけは、皮肉にもかつてないほどに澄んでいること。

本当は決められた曲なんて必要なくて、その音にこそ心が映し出される。


そう証明されてるみたいだった。




「沢さん…。同じ曲なのにさ、弾く人によって全然聞こえ方が違うのって不思議だよな」


「それは圭吾くんとお父さんのことを言ってるのか?」


「…そういうわけでもないけど」



祖父ちゃんから聞かされた話を、オレは全部沢さんにも話していた。

どんなに心に重くのしかかる気持ちも、それを誰かに聞いてもらうだけで、迷っていた気持ちが少し整理されたように感じるのは、誰にでもあることだと思う。

オレの場合、その相手はいつも沢さんだった。



「オレずっと勘違いしてたのかなって思うんだ。自分が作った曲なら、誰かが作った曲よりも絶対気持ちが込められるはずだって…そう思ってたけど……。でも実際は作られた曲なんて飾りに過ぎなくて、気持ちはすでに音に出てたんだ」


「……」


「あ、ごめん…、わかりにくいよな。うまく説明できてなくて」


「……違うよ。今、すべてのキセキが繋がっていくんだなって、ちょっと感動してたんだ」


「は!?何言ってんだよ」



オレが突っ込むと、沢さんは照れくさそうに帽子の位置を直した。



「それにしても…、圭吾くんにとって本当のお父さんの存在が出てきてしまったことには、ちょっと寂しさも感じるな」


「沢さん…」


「何かを掴む前っていうのは、一度見えないほどの底まで落ちるものだ。そこから光を見つけ出して這い上がれるのは、本人がどれだけの奇跡を持っているかだよ。そしてそれを手助けしてくれるのが…
君の周りにいる人たちが作ってくれた、愛の込もった軌跡だ」



そう言って沢さんはオレに一枚のメモを渡す。

そこには…