恋するキオク




オレは顔を歪ませ祖父ちゃんを見上げた。

そして祖父ちゃんは言葉通り、本当に哀れむようにオレを見つめる。



「お前の苦しみが少しでも和らげばと、いろんな境遇から守ってやるつもりだった。それなのに…、お前は自らその道を変えようとする」


「……何言ってんだよ。自分の道くらい、自分で決められる」


「いや、結局お前は私と同じ道を歩むことになってしまっている。そうならないようにと、私が努力してやったにもかかわらずに」






ーーー理事長sideーーー




音楽の才能に恵まれた。

家系も裕福で苦労もなかった。



当たり前のように、音楽家への道を用意されていた人生。

海外の演奏会を渡り歩き、その地位が揺るがないものとなるまでに時間はかからなかった。



一流のピアノ奏者。

親の決めた相手と結婚し、一人息子をもうける。

でも頭の中には、…いや自分の人生においては、音楽以外のことなど存在しなかった。

日本にいる期間は決して長くなく、家族のことにも無関心。


当然だ。

結婚した相手には、そもそも揺らぐ感情さえ抱いていない。

そして才能を受け継いでくれたわけではない息子も、音楽大学の受験に失敗し、ごく普通の中学教師という仕事に就くことになった。



興味さえ沸かない、音のない家族との生活。

そこに求めるものなど、何もない。




そんな時だった。

音楽大学での研修と講演会。

自分と同じ音を愛する女子学生に出逢う。



「あ、あのっ!私、海外公演のCDも全部持ってます!…すごく、すごく米倉さんの演奏が好きなんです!……あ、いきなりすみません。私、相澤香織っていいます。この大学の3年生です」



汚れのない、純粋な…

そういう言葉の似合いそうな容姿で、その細い指先から奏でられる演奏にも心を打たれた。

繊細なその音には、わずかな嫉妬さえ感じたほどだ。



人は、自分に足りないものを持った相手に、惹かれることがある。

自分の場合は、それに当てはまったのだろう。

私は彼女のすべてに恋をした。