あの日野崎は、もう戻れなくてもいいって言った。

きっと辛い思いもさせると思うのに、それでもいいって。

オレの所に来てくれるって。



涙が出そうだった。

望んだ相手に近づいてもらえること、自分だけを見てもらえること。

不安と一緒に溢れてくる想い。

言葉では上手く言えないけど、大事なものができると、失うのが怖くて。



信じていいのかな、野崎を。

もうオレから、
離れて行かないのかな。

それなら、
オレも覚悟を決められるけど。



悲しいままで終わらないように。

記憶の中の恋になんてならないように。

省吾のことで何かが起こったって、オレは強くなるし。

絶対野崎を、守ってやるし。



ホントに、側にいてくれるならそれでいいんだって思ってた。

隣でオレに笑ってくれるなら、それでいいって。



「ずっと、一緒にいよ」





それでも、そう簡単にいかないのは分かってる。

あの表彰の場で、省吾が言ったこと。

それが他の生徒に、どんな影響を与えるかはだいたい想像がついてた。



ステージ上の省吾と視線を合わせる。

何を考えていたんだとしても、最初に被害を受けるのはオレじゃなくて野崎だろう。

そう分かっていたのに、オレはあの朝、学校に行けなかった。






「行ってきます」



玄関を出ると、低い音をこもらせた黒いセダンがオレを待っていた。

後部座席の窓は、音も立てずにスッと開いて。



「圭吾、こっちに乗りなさい」


「祖父ちゃん…」