あの気持ち、絶対にわかる時なんて来ないと思ってた。

愛する人のために、すべてを捨てて行けること。

もう何もかもが、どうなったって構わないって。



「カケオチ!?おまえ大袈裟(汗」


「だってね、今ならホントに分かるんだもん。私圭吾と一緒にいれるなら学校もやめたっていい!」


「おいおい、やめんな。ってか、そういうの目の前で言わないでくれる?どう反応していいんだよ」



沢さんの入れてくれたコーヒーを飲みながら、小さな部屋にあるグランドピアノの陰で話をする。

呆れながらも照れた表情を見せてくれる圭吾に、私はもっともっと寄り添って。

もうこのまま、この部屋から出たくなんてない。



椅子も出さずに絨毯にそのまましゃがみ込んで、時々ぶつかるお互いの腕と肩にドキドキした。

すぐ隣に見える優しい笑顔と、ずっと近くで聞きたかった声。

些細な話にも、浮かれるように胸が高鳴って。



私、こんなに圭吾が好きなんだね。



「…あんまりこっち見んなよ」


「なんで!見たいよ!」


「はぁ…っ、お前素直すぎてついてくのキツイ」


「えっ…、ぅ…そんな」


「ちょっと待て!泣くな!」



慌てて触れてくれる圭吾の手。

ピアノを弾く時も、何かを作る時も、こんな時も。

いつだって器用で、優しい。



見つめられて恥ずかしくて、私が思いきり下を向いてしまったって

その手は上手く私の顔をすくい上げて。

まだ昼間だというのに、木枠のブラインドを下ろした窓からは、ほんの少しだけ光が漏れる。



「なんかあっただろ」


「……なに…が?」


「無理してはしゃがなくていいよ。だいたい分かってるし」


「だって…圭吾来ないんだもん…」


「うん、ごめん。急用」



そっと口付けられて、そのまま強く抱きしめられて。

でも、もうキスで誤魔化さないでほしい。


圭吾のこと、もっとちゃんと聞かせてほしいから。