だが、その手は空を掴み、サタンはルシファーへ歩み寄る。


——ルシエルが構えるとシエリアが行く手を阻む。
「私の仲間に手を出さないで。」
「君とその子供さえ手に入れば、我らは退く。」
取り付く島もない様子にシエリアは覚悟を決めた。
「このせかいは、ざんこくだね。」
そう呟いて光を纏う。
「シエン。」
クラリスが横に立つ。
「安全なところへ、と忠告しようにも覚悟は揺るがないようだな。」
「そうだよ。」
シエリアは笑う。
「二対一とは随分じゃない?」
ルシエルはそう言って空を切る。
その空気の切れ間から大量の異形が出現する。
「幻想か。」
「さぁね。」
クラリスの予想通りに異形は不安定な形でいる。
だが、異形が攻撃すると衝撃を受けた。
“ドゴッ”
重い一撃にクラリスは受け止めながら眉を寄せる。
「幻想であり、現実。“ファントム”という、グリフォンと同じ召喚術だよ。」
“親切に説明してあげた”と言いたい様子にクラリスは不愉快そうにする。
「兄さん。」
シエリアが触れると傷が癒える。
「下がっていろ。」
“ありがとう”と頭を撫でて、クラリスはシエリアを背にルシエルを見据える。
「君の能力は知ってるよー?」
ルシエルは楽しそうに言う。
「“体液を飲んだ相手の記憶を見ること”」
「調べはついているというわけか。」
「シエンの家族だもの。当然、調べているよ。」
クラリスは然したる支障はないという表情だ。
「君も、君の両親も。そして、“ナイトメア”についてもね。」
にっこりとルシエルは笑う。
「姉さん……」
シエリアは困った表所でいる。
情報を得られたことではない別の事情がある様子だ。
「記憶を見れても我らは倒せないよ。」
「吸血鬼としての戦闘力も多少ある事を忘れるな。」
クラリスは牙を剥く。
シエリアがクラリスの服を握った。
「……私も戦う。だから、血をちょうだい。」
憂う表情を見せた後に幼い牙を覗かせる。
「お前、その意味を分かっていて言っているのか?」
クラリスは眉を寄せる。
以前、シャルドネが言っていたことを思い出す。
『血の味を知った吸血鬼は、ひとを殺したい衝動に駆られる。血を求めて、飢える。植物から得るエネルギーでは満足できなくなる。』
まるで、薬物依存のようだと言っていた。
その時から、最早“バケモノ”なのだと
経験したことはある。