そこは屋上の扉だった。

「いやー、やっぱ押してくれると楽だね」

開放された扉からはびゅうびゅうと香りのよい夏風が吹いていた。

なんていい香りなんだろう、木の草のにおいに、どこか海の香りが混じっている。

そして目の前の光景に仰天した。

遠く、輝く瑪瑙色・・・いや、表現できない。

それは窓からでは、いや、世界のどこでもない、ここだけの最高の景色だった。

「どう?」

私は圧倒されて突っ立っているだけだった。

「すげーだろ?」

にはは、と彼女は八重歯を出して笑った。

「あれが、海?」

「見たことないの?」

意外そうに彼女は首をかしげた。

「家から出たこと無いもん」

すると、彼女は僕が持っていた鉛筆を取ると、画家のようにぴんと鉛筆を立てた。

「絵、好きなんだろ、描いてみなよ」

「僕、こんな色の鉛筆、持ってない」

かかか、と彼女は笑うと。

「作ればいいじゃん、何色も何色も組み合わせてこの海の色を」

しかし、私はラフスケッチさえ描けなかった。

私の未熟な腕でこの海を表現するのは勿体無く、また失礼な気がした。

その日は彼女を入り口まで送り、病室に戻った。