「あの……ここまで来たら家近いですから、もう平気です」



 ようやく警戒をといて恩人の顔を仰ごうとした。

 が、その前に背を向けられてしまったものだから、慌てて声を張り上げる。



「助けていただいてありがとうございました! お名前だけでも、教えていただけませんか!」



 足が止まる。だが少年は振り返らない。

 沈黙の中、胸の高鳴る音だけが聞こえている。

 やがて、少年はおもむろに振り返る。



「ミブロ」



 小さく、だがはっきりとそう言った。


 ――顔を見たはずなのに、覚えているのは漆黒の夜空と、そこに浮かぶ琥珀の満月だけ。


 黄金の光がとても近くにあるような気がしたのは、私が幸せな夢を見ていたかったからなのかもしれない。