「ひとつ勘違いをしているようだから教えてやろうか。俺は犬じゃない。そんな生易しいものじゃない」



 満月を背にたたずむ若葉くん。

 月明かりは神々しく、畏怖さえ感じさせる。

 やがてひそやかな夜空の下に響く、静かな声。



「俺は壬生狼(みぶろ)――そんな棒すら扱えないヤツが、京都、壬生の狼とも呼ばれるこの俺に太刀打ちしようなんざ、100年早い」



 長谷川先輩は、絶句するしかない。



「こっちが下手に出ていれば調子に乗りやがって。それは自殺行為とみなしても文句は言えんな?」


「お、おい待て! 俺は少し思い知らせてやりたかっただけで……!」


「――そんなちっせぇ覚悟なら、めったなことすんじゃねぇ」



 怒りの込められた声が容赦なく突き刺す。

 静かでも、これほど恐ろしいものはない。