「それは……枕草子?」


「うん。懐かしいなぁ。中学のときに授業でやったんだけど、ここに入れてたの、すっかり忘れてたよ」


「大事に持ってたんだ?」


「えへへ……。清少納言って、四季の表現が綺麗だから好きなんだ。特に好きなフレーズがここに書いてあるの」



 手元に視線を落とすと、まだあどけない文字が罫線に沿って書かれている。



「『夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛び違ひたる――』」



 たった3行の短い文。

 これに、私は感銘を受けた。



「私ね、月を眺めるのが好きなの」



 ノートの切れ端を覗き込んでいた若葉くんが、視線を上げる。



「月?」


「そうだよ。夏の満月が好きなんだ。

 ……ウチね、両親が仕事でよく家を空けるの。仕方ないんだって子供心に理解していても、やっぱり寂しかった。

 夜みたいに暗くて静かな場所にいると、心細くなるんだ」