一度も振り返らない和也を見たのは初めてだった。
だけれどこんな状態で何かを期待する方が馬鹿げてる。


私は何だか嫌な予感がした。
何だかさっきから胸騒ぎが止まらない。

だけれどそれはきっと気のせいだろうと思う事にした。

最近は情緒不安定だから、きっとそんな気分になるんだろう。



私は踵を返すと、マンションの入り口に向かった。

そこには朝と変わらずに岸谷さんが居たので、私は笑顔を取り繕ってその場所に近づいた。


「あ!アンナちゃん、お帰り・・・」

「こんばんわ、岸谷さん。」


岸谷さんは何かに怯えるような目付きで、声を潜めて私にこう言った。


「アンナちゃん・・・今は帰らない方が良いかも知れない。」


岸谷さんはそう言うと、まるで誰かに見られているのを警戒しているかのように周りをキョロキョロと伺った。


私はそんな岸谷さんの様子を不思議に思ったけれど、帰らないわけにもいかない。


「・・・あの、何かあったんですか?」


ひょっとしたら、事故とか殺人事件とか、そんな事があったのかもしれないと無駄な想像をしたけれどどれも的外れだったようだ。


周りをキョロキョロと確認した岸谷さんは、その場に私しかいない事をやっと認識したらしく、小さな声でこう言った。