叶う。 Chapter2





それに万が一、私だと気付いていたとしても、何かされる訳はないのだ。
自分が犯罪者だと、公にすることになる。

だから何も心配することはない。

だけれど、どんなに自分にそう言い聞かせても身体の震えは止まらなかった。


母が連れてくるお客の中でも、あいつは一番私にお金を掛けた。
綺麗な服を着せて、可愛い人形を買い与え、私がきちんとあいつの思ったとおりに出来れば沢山のお小遣いをくれた。

それは全部母親に取り上げられていたけれど、それでもある意味一番のお客だったんじゃないかってくらい、私はあいつと何度も顔を合わせていた。

復讐を誓っていたはずなのに、まさか今このタイミングでその内の一人と顔を合わせることになるなんて想像すらしていなかった。

しかも審査員席に居るってことは、あいつはきっと偉い人間なんだろう。


冷静にならなくちゃいけないのに、私の心は全く落ち着く気配すらない。

こんな状態で演奏なんて出来っこない。


あいつの顔が、声が、感触が、思い出したくもないのに頭に浮かんでは全身が震える。


ダメだ。

どう考えても、絶対に演奏なんて出来ない。

沢山の人に迷惑がかかるのは承知の上で、私はこっそりとこの場から立ち去る事を考え始めた。