あれから数日は経った。
少女は宛もなくブラブラと田園を歩いていた。
道行く人に此処は何処かと聞けば、どうやら日本でもあまり知られていない小さな村だったようだ。
どうりで見渡す限り緑と山が多い。
自然に囲まれたこの村は今まで真っ暗で薄汚い血濡れた世界しか知らない少女にとって心静まる場所だった。

(こんな辺境地なら、あいつらには到底見つからないな・・・)

裸足に感じる土と草花の感触を楽しんでいると、微かだが人の罵声が聞こえた。
ここに来てから好奇心旺盛になった少女はその声に釣られて足を向ける。




「この化け狐!!気持ち悪いんだよ!!お前なんか死んじまえ!!」

「お前の母親も人の皮を被った狐だったんだろ?親父が言ってたぜ、男をたぶらかして人間様を小馬鹿にするような馬鹿な女狐だったってな!」

「・・・・・・・・・・・・っ」

少女の目に入ったのは数日前に出会った少年と、彼と同年代くらいの男が数人取り囲むように罵声と暴力の嵐が彼を襲っていた。

(狐・・・?)

訳がわからないと眉を下げたが、面倒ごとに首を突っ込むのは御免だと思い去ろうとしたが

「この化物!!」

化物という言葉に少女はビクリと肩を揺らす。

《化物!人殺し!!私を殺してみろ!!お前など呪い殺してやる!!!》

ふと何年か前に暗殺対象だった女に言われた言葉を思い出した。
女の子供だという赤子を殺したことにヒステリックを起こし彼女は罵声を浴びせ、投げれるもの全てを少女へ投げつけてきた。
その時は自分が何を言われようと何とも思っていなかったが、不思議と少年へと向けられる言葉にプツりと何かが切れる音がした。

その後の行動は自分でも驚くほどだった。

「ぎゃっ」

と短い悲鳴と共に取り巻きの一人が地面へ崩れ落ちる。

「・・・な、なんだよてめぇッ!!!」

突然の乱入者に男達は後ずさった。

「ま、まさか狐の仲間か?!!」

「Well, how is it?(さぁ、どうだろうな?)」

男達は何か言おうと口を開くも声にはならなかった。
少女が一瞬にしてのしたからだ。

「だいじょぶですか?」

くるりと向き直り少年に手を差し伸べた。
呆然と見ていた少年は意識が浮上すると、その手を受け取らず乱暴に払い除けると少女の胸倉を掴んだ。

「なんなんだよお前?!!何で俺なんか助けた!!余計なお世話なんだよ!!ほっときゃいいじゃねぇか!!」

助けたにも関わらず逆に怒らせてしまったことに眉を下げる。
地に伏せている彼らをのしたことが少年にとって『余計なお世話』になってしまった事に申し訳ないと思ったからだ。
今まで人間を殺める術しか教わらなかった少女には
けれども少年に罵声を浴びせ、暴力を振るう彼らが無性に許せなくて思うよりも先に身体が勝手に動いたのだ。
なぜと問われても少女にはわからない。

「ご、めん・・・なさい、おこらすつもり、なかった・・・」

俯きながらまるで親に叱られでもした子供のように言う少女に、少年はバツが悪そうにごめんと謝った。

「助けてくれて、ありがと・・・お前、小さいのに強んだな・・・正直驚いた」

「たたかいかた、しってます、いつものこと」

そうかと少女の言葉にさほど気にとめるわけでもなく少年は散らばった教科書やらを引っ掴み、鞄へ入れた。

「ほんと、ありがとな・・・アイツ等しつけぇんだ、毎日毎日よく飽きないもんだよなぁ・・・」

そう言って少女の頭を撫でる少年の瞳はどこか寂しさと諦めに染まっているような気がした。
あぁ・・・この目、前に見たことがある・・・

同じ牢屋に(と言っても隣だったが)居た被検体の子供と任務を同行した時に、あの子も同じような目をしていた。
親もいない名前もない。
ただただ人を殺めるためだけに生きていくことに悲しく、逃げることができないと諦めたような瞳。
なぜそんな目をするのか、なぜ親がいなくて寂しいと、悲しいと思うのか少女には理解ができなかったのを覚えている。
結局何を話すわけでもなく、あの子はその任務で死んでしまったけれど、その日から少女に感情が芽生えたのかもしれない。

ねぇ・・・なぜそんな瞳をするの・・・?

「じゃ、今後一切俺を見かけても関わるなよ?今回みたいなことに遭遇しても助けなくていいから・・・」

あぁ・・・そんな目で、悲しいことを言わないで・・・

「じゃあな・・・」

この人を一人にしちゃダメだ

追いかけなきゃ

待って

待って

「Please wait!!!(待って!!!)」