「いきなり引っ張っで来でから、其れはねぇだよ!!」

「良いから答えろよ。君に権利なんて無いんだ。
其れ位解るだろ?馬鹿でなければの話でね。」

「ぜっっってい!!!女にモテねぇーだろ!!」

「残念。女の子には困ってませーん!アハハ!」


って、こんな話しをしている場合では無かった。


「で、誰?」

「言わねぇーと駄目だぁか?」

「うん、そうだよ。」

「良い笑顔で言いやがんな...。」

「笑顔には自信があるんだよ。練習したからね。」

「笑顔に練習って必要だか?」

「僕は必要だったんだよ。
で、誰?名前は?歳は?子供じゃなさそうだし、言えるでしょ。」


笑顔で両手を広げて“誰か”の答えを待つ。
正直早くしてくれないかな。僕は今、気を長くできそうにないからね。
殺しはしないよ。ちょっと殴ってしまうかもって事。
“誰か”は渋っていたが、漸く話す気になったようだ。随分と時間が掛かったな。
頭の出来は余り良くなさそうだ。


「名前は無ぇだ。セルリアからは〝ムッシュ〟って呼ばれてるだ。
歳は32で、察してると思っでるが、他人格だぁだ。」

「本当...察していた通りだ。
あぁー何で今出て来たんだい?其の前に僕は君の事を初めて知ったぞ!何で今まで教えてくれなかったんだ!?」

「ずっっっと眠っでだから仕方無ぇだ!!文句あんならセルリアに言っでくれ!!」

「僕の気が向いたら言ってやる...。
其れより今はまだ、セルリアのままでいてくれないかい。
セルリア自身、多重人格って事を余り知られたく無いって言ってたからね。」

「起きてくれるか解んねぇーだよ。あっちが勝手に寝ちまったんだぁからよ。」

「勝手に寝た、ね...。珍しいな...。」


まさか、ね...。このタイミングで其れだけは避けたいな。
起こしてみなければ解らないけど。


「取り敢えず、呼んでくれないかい?君の事はセルリアから詳しく聞くとするよ。」


ムッシュは溜息をついて、面倒臭そうに瞼を閉じた。
立ったまま交代を始めたので、体の力が抜け崩れ落ちだした。倒れる前に脱力した体を受け止める。
力が全く入っていない体はどっしりとして重い。セルリアが殆ど使っているから筋肉が多く余計に重い。

セルリアが勝手に寝た。これはもしかしたら、大惨事が待ち受けている可能性があるが、うだうだ言ってられない。
推測だけでは解らない事だ。死にかかったら生きれば良い。難しい事では無いよ。

数秒後にセルリアの瞼が少しだけ動いて、碧の瞳が僕の顔を映した。
何度か瞬きをして四方に瞳を動かす。一通り見終えた後、再び僕の顔を捉えた。


「...“あの女”は何処だ?」


よく見れば焦点が合っていない。


「さっき荷物を纏めて出て行ったんだ。見てないか?」

「セルリア?」

「“あいつ”と“オレ”を捨てたんだ。だから、追って追って...ぐちゃぐちゃにしてやらないと...。」

「...。」


嗚呼、面倒だ。
唯この症状は救いかな。


「なぁ、知ってるだろ。渋らないで教えてよ。ねぇ、教えてよ。“オレ”“あいつ”を家に置いてきたんだ。今、きっと泣いてるから、早く帰ってやらn」

「セルリアッ!!!」


セルリアの体を今一度強く掴み、強く名前を呼んだ。セルリアの体が強張り外れていた焦点が、徐々に補正されている。


「セルリア。解るかい?僕が解るかい!?
君は君自身を解るかい!?」

「え、...あ...、......ギフト?...俺は?」


まだ顔色が悪いが、先程の意味が解らない事を、ひたすら呟かれるより余程マシだ。
僕は笑顔で接する。


「幼い君の相手なんか死んでも嫌だね。」

「...ははっ、本人相手に言ってんじゃねぇーよ。」


冗談を冗談と受け取れる程の余力はあるようだ。


「落ち着いたかい?」

「あぁ、大分な...。いい加減離せ。1人で立てる。」


セルリアが僕の胸板を両手で押す。
何時もの彼らしくないのは、其の非力さだけだ。


「アハハ、もっと甘えても良いんだよ。」

「俺よりデケェ男の腕の中で甘えれるか。」

「僕は美人を腕の中に入れられて嬉しいな。」

「ホモか。」

「君は面白い事を言うね。僕は女の子が大好きだよ。」


バーサルトの教会でのやり取りと似ている。
セルリアは憶えてないと思うけど。


「つか、何で俺とお前だけなんだよ?」

「君が勝手に寝て、代わりに、ムッシュって言う知らない人が出てきたから、多重人格って事がバレないように、“わざわざ”僕が人気の無い奥の部屋に連れて来たんだよ。
セルリア、君が落ち着いた頃に、質問の嵐が待ってるからね。」


セルリアの表情が曇る。
本当、彼らしくない。他人なら兎も角、セルリアが弱っていると対応に困る。
...何でだろう。


「珍しいな...今、聞かねぇーのか。」

「だって、今は落ち着いていないじゃないか。君の発狂なんてそうそう止められないよ。
さ、戻ろう。あと少しで話が終わるんだから。」


セルリアの腕を引いて部屋の扉へ向かう。
しかしセルリアは動こうとしない。一体如何したと言うのだ。


「俺、暫く...アトリエに居る。」


何時もの覇気は何処へ行ったのやら...。
10もいかない幼子を相手にしている気分だ。


「解った。様子見に来ると思うけど、良いかい?」

「構わない...。」


セルリアがそう言うと、大人しく足を動かしてくれた。