第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~

モガルが単独行動を始めて暫く...、特に語るべき出来事は起こっていない。
素晴らしい程暇だ。
解った事と言えば伯爵は相当馬鹿で阿呆で間抜けな危機察知能力の無い実に殺しがいの無い貴族だ。
これだから貴族は...あぁ、さっさとターゲットを殺して切り上げようか。

其れにしても貴族と言う者は不用心なのだろうか。
嗚呼、これは当てはまらない貴族に対して失礼だな。
殴り殺したい...肉を骨を臓器を僕のたった一振りで全部壊すんだ。
これ程素敵な殺害方法は類を見ないと僕は思う。

この屋敷に潜入してからずっと銃殺ばかりだし...、本来ならば僕は撲殺が好きなんだ。
前文にもしっかり僕は言っているだろう。
でも仕方無いよね...状況が状況だし...。
まぁ久し振りにこんなに人を殺せるんだ。殺し屋...いいや、“殺人鬼”にとって光栄じゃないか。
感謝しなきゃだよ。感謝...ね。


「マスター。」


フェスターニャが足を止め、僕の前に腕を出した。止まってと静かにして、と言う意味も込めてあるのだろう。


「成る程...。」


血の匂いだ。血だね。血だ。血で間違いないね。
僕自身に付いている血の匂いと混じって確信は無いけれど。
フェスターニャは天賦の才能と言っても良い程戦いに関してセンスが有る。
セルリア程では無いけど...。
唯の一殺人鬼だってのに何たってあんな戦闘センスが備わっているんだい。
問うまでもない。僕は其の理由を既に知っているのだから。


「あの角を曲がった辺りかな?」

「危険です!!マスター!!」

「何、焦ってるんだい。君は心配性なんだよ。」


フェスターニャの警告を無視して僕は廊下の突き当たりにある角を曲がった。
怪我を負った使用人かな。
其れ共既に息絶えたしたいかな。
まだこちら側へは行っていない。もし死体が転がっているのならば、セルリア達が殺ったモノかもしれない。
どっちにしろ遊びとして少し位は潰しても良いよね。

フェスターニャがまだ危ないだの何だの言っている。
僕から言わせれば一体何処が危険なのやら。
この屋敷の戦力は大方知れているし、既にこの“ゲーム”に勝っている。後はキングにチェックメイトを決めるだけ。
凄く簡単なゲームだ。
詰まらない。詰まらなーい。
もっと楽しませてくれる様なゲーム相手は居ないのだろうか。
白ちゃんや黒虎兄さんに、この才能をもっと別の事に活かせと何度も言われたが、僕は其の心算など無い。

廊下の突き当たりを曲がった所に2人の男女が座り込んでいた。
女の方は豪華な緋いドレスを着ている。反射的に瞳を見たが、カラーコンタクトをしていたので本来の瞳を見る事は出来なかった。至極残念だ。
コンタクトは許すがカラーコンタクトは許せないな。折角の美しい瞳が台無しだ。
男の方は何故か猫の耳と尾を身体に縫い付けている。腐敗が少し目立つ。
女と同様に瞳を見る。男はカラーコンタクトをしておらず、本来の美しい瞳を見る事が出来た。
僕よりほんの少し明るい金色の瞳だ。金色と言うより黄色、と言ってもバーサルト程明るい色では無い。
絶妙な色合いだ。悪くない。

2人共身体に小さいながら沢山の傷を負っている。
使用人の顔では無い。
ならば考えられるのはたった一つ...『不思議の国』だ。


「やぁ!不思議の国の御二方、傷身の様だけど如何かな?」

「誰だッ!!!」


男が猫そのものの様に威嚇する。


「アハハ!本当に猫みたいだ。まぁ安心しなよ。殺しはしない。」

「原作者の...奴じゃ...無いのかい...?」


女はかなりギリギリだ。
傷の所為では無い。
これは...Porta del Paradiso(楽園の扉)の禁断症状だ。
僕が何故知っているかって?
んフフ〜其れはまた後日ゆっくり話そうじゃないか。


「中毒者じゃないか。君は“まだ”大丈夫なのかい?」

「中毒...?」

「不思議な事は無いだろ。其れ共あれかい、馬鹿かい?
Porta del Paradiso(楽園の扉)の禁断症状に決まっているだろ!?
さては君、発達障害か!?ちゃんと話せるか?嗚呼、成る程...理解が乏しいから殺人に対して抵抗が無いのか?」

「ちょ!違う!!キミが言っている事は解るけど...ボク等が与えられていてのは、毒だったの?」


何だ、そっちか。


「マスター!!大丈夫ですか!?」


フェスターニャが遅れてやって来た。
また威嚇しそうになったのでちゃんと説明した。