第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~

マロンがセキュリティの解除に取り掛かっている。
出来るだけ早く解除したいので、駄目元でケビンを呼んでみる。
小声で囁く。


「ケビン...。」

“...”

“なん"だぁ?”

「...オメェじゃねぇーよ。」

“冷でぇ奴だな。”

「シバくぞ、おっさん。」

“静がに"するがら、堪忍しでな。”


ムッシュが静かになった。
今までこんな事は無かった。眠らせていたから当たり前なのだが...。
ムッシュに対しての俺の圧力が弱まったのか。
...今は如何でもいいか。

其れよりケビンがまだ眠っていたとは...。
これは暫く眠ったままだろうな。
腕を負傷しているから良い事と言えばそうなのかもしれないが...。
心配な事に変わりはない。

解除に専念しているマロンに目を向ける。
俺が撃った傷口から血が溢れて、スーツが緋に染まっている。
よくあの状態で真剣に取り組めるものだな。
俺が撃っておいてなんだが、死なれては困る。
持ってくれよ 。と、心の中で願った。


「セルリアッ!」


ガキが俺の名前を叫んだ。
其の声でマロンに向けられていた俺の意識が一瞬にして周囲に向けられた。
背後に殺気を感じ、コートからナイフを取り出した。
振り向きざまガード体制を作る。
金属音が鳴り響く。目の前にはメイド姿の使用人が細い筒状の鉄棒を構えていた。

其のままナイフで鉄棒を横に逸らし、メイドのバランスを崩した。
訓練されている様子は無い。本当に使用人としてのメイドみたいだな。
メイドの背中に蹴りを入れた。顔面から倒れたが鉄棒はまだ手の中にある。
反撃されては俺が気に食わないので、鉄棒を握っている両腕を足で踏みつけた。
メイドの悲鳴が広間に響き渡る。


「伯爵ってのは使用人に殺しをさせんのか?」

「いや...ちがッ」

「違わねぇーだろうが!手前ェ自身見てみろよ!!俺を殺そうとしたんだろ!?」


ガキがコートの袖を引っ張る。


「責めないで...」

「責めてねぇーよ。事実を言ってんだ。」

「悪いのは...原作者よ...。」


ガキが表情を曇らせる。
何故殺そうとしたメイド本人ではなく、原因である伯爵の名前を出すんだ。
殺そうとしたのはメイドだろ。


「殺そうとしたのはメイドだろ。伯爵は今関係無いだろ。何で庇うような事をすんだよ。」

「其の子も伯爵に“買われた”人だからですよ。」


ガキと俺の間に入る様に公爵夫人が口を挟んできた。
買われた...ね。だから何だって言うんだ。


「買われただろうが何だろうが関係無いんだよ。殺そうとしたかそうでないか、其れが何より重要だ。
其れ共何だ?お前等は伯爵に“買われた”から殺人をやったんだ。と、言い逃げるつもりか。」


公爵夫人の眼を見据えたままナイフを逆手に握り、メイドの頭に投げ落とした。
ガキと公爵夫人が目を見開いて固まった。
深々と突き刺さったナイフを引き抜いて、肉塊の上から足を退かした。


「ガキ、この鉄棒でも持っとけよ。そんなに重くねぇーから、護身用にでもしとけ。」


肉塊から取り上げた鉄棒をガキに渡す。
だが、ガキにはメイドだったものを見つめたままだ。
面倒臭いなと思いながら、ガキの手を掴んで鉄棒を持たせた。

マロンの所に向かい解除の捗りを見に来たが、俺には全く解らなかった。
当たり前の事だが...。