残り数歩と言ったところだ。


「待ち伏せとは...これはまた酔狂ですね。」


男の囁きがシルクのような滑らかさで耳に入り込んできた。
瞬間目の前で何か糸のようなものが光って見えた。
ほぼ反射的に身を屈めた。ドールも俺の咄嗟の行動に反応して、共に身を低くした。

俺の頭があった壁の位置に、細い亀裂が走る。
間違いない...殺りにきやがった。


「おや、避けましたか。」

「黒ウサギ!」


俺に気付いてガキが男の手を離して傍に寄って来る。
其の後ろで男の持っていた白い棒から、アイスピックに似た形状の針が抜き出された。
ガキの背後...正確には後頭部から俺を狙っている。
男の後ろに居る女が其れを止めようと男を制止しようとしている。
だが間に合いそうにない。


「危ねぇだろうが!」


ガキを抱き寄せ右手でアイスピックを掴んだ。
流れでガキを俺の背後へ移すと、左手に握られているナイフで男の手首を狙う。


「ッ...!?」


切り落とす気でいたが、直前でまたあの糸のようなもので邪魔されてしまった。
傷は付けれたもののさして深くない。其れにあの糸の所為で、浅いが俺も傷を負ってしまった。


「ドールッ!!」

「解ってるよ。五月蝿いな。」


俺を飛び越えてドールが男の前に立ちはだかった。
俺一応170後半はあるんだけどな、身長...。
どんな脚力してんだ。まさに化け物だな。


「お前は殺していいよね?『不思議の国』じゃないなら殺していいよね!?そしたら兄さんはボクを褒めてくれるよねッ!!?」


意味の解らない事を言いながら、ドールは男に殴りかかる。
しかし拳は男に届かず残り僅か数cmで止まった。


「無理に動かせば腕を無くしますよ。」


男は声色を低くして言った。脅しを掛けているのだろう。


「...腕を無くすからなんなの?」

「なッ!?」


ドールはそんな事気にも止めない。
彼奴の世界はギフトを中心に廻っているのだ。
自分の事など端から考えてなどいない。

赤い線が腕に浮かび上がり、つうっと滴れて床に落ちる。
どんどん赤は濃くなっていき、流れ出る血は止めどなく溢れ出す。


「ここまでトんでる人は初めてですよ。」

「何言ってんの?...ボクが1番正常に決まってるでしょ。」


ドールの右脚が男の左肋(あばら)に入った。
鈍い音と共に男は4~5m先まで吹き飛ばされて行った。
普通、蹴りで人があんなに飛ぶかよ...。

糸が緩んだのかドールの腕は自由を取り戻したようだ。
続いてドールは女を見据えた。


「お前は何だ?」

「『不思議の国』の1人。公爵夫人です。」


怖気ずくことなく公爵夫人はそう答えた。
ドールが俺を振り向いて、笑顔で送る。


「此奴等連れて行けば、兄さんに褒めてもらえるね。」

「そーかもな。」


俺に聞くなよ。
褒めるも褒めないもギフトなのだから。


「白ウサギ、何故此処に?」

「俺は白ウサギじゃねぇーって。つか、俺もよく解ってねぇーよ。」

「...?貴方本当に白ウサギのケビン?」

「俺はセルリアだ。ケビンは今眠ってる。其れが如何かしたのか?」


苛立ちつつ俺はそう言った。