屋敷の中は物静かで『不思議の国』が奇襲を仕掛けたとは思えなかった。
異常な空間が眼前に広がっている感覚に襲われた。
加えて使用人などの姿も、全くと言っていい程見えない。気配を感じる事も無い。

そんな中ギフトは鼻歌交じりに屋敷の中を進む。
この状況でよく鼻歌なんか歌えたものだ。
陽気な鼻歌が途絶え、ギフトが俺達を振り向く。


「此処から別れて行動しよう。団体で行動してこの際良い事なんか無いからね。
取り敢えず、二手に別れようか。僕とフェスターニャ、セルリアとドールで良いかな。」

「マスターと一緒ですか!!」

「...チッ」

「舌打ちしてんじゃねぇーよ。」


俺も色々と言いたい事はあるが、そんな事を言ってもギフトが聞く耳を立てないのは既に知っている。


「あ、『不思議の国』以外の奴等は全員殺していいから。必須条件としてキャロル氏は絶対殺してね。
あと『不思議の国』のメンバーを確保出来たら『妖狐』で落ち合う事。OK?」


俺達は各々に返事を返す。
其れを聞いてギフトは満足そうな微笑みを浮かべた。


「じゃ、またね~」


踵を返してギフトは奥へと進んで行った。
続いてファクトが其の背中を追った。

残された俺とドールもギフト達とは別の道を歩き出した。
今だにドールが気に食わないと言った目で俺を見ている。
俺に訴えかけられても如何しようもないだろ。


「何で彼奴(あいつ)なんだよ...。」

「さぁな。」

「彼奴は兄さんと血も繋がってないし、人種も違うし、異国人だし、元奴隷だし...。」


胸の前で指を絡ませながらドールは、此処に居ないファクトへ愚痴を零す。
そんなに執着すべき人物だろうか。ギフトは...。
飽きたら即棄てる。そんな人間だぞ。

其れが或る意味人を惹き寄せるのだろうか。
全く理解出来ない。


「俺に愚痴んじゃねぇーよ。」

「セルリアに愚痴ってないよ。唯セルリアの耳に聞こえただけでしょ。」

「はいはい。そーですかい。」


何で俺が悪いみたいになってんだ...。

廊下の曲がり角に差し掛かりながら、俺は行き場の無いこの不満を溜息と共に外へ出した。
廊下を曲がり切る前に足音が聞こえた。
1人ではない。複数いる。だが大人数ではない。
俺の先を越して行こうとするドールを引き止めた。


「ちょっと何すんの?」

「誰か来る。」


ドールは其の意味を察すると、そっと身を後ろに引いた。
壁に身を寄せ俺は足音が近付いてくる方へ、少しだけ身を乗り出した。
視界の端に夜出会ったガキと初めて見る女。そしてガキの手を引く謎の男が見えた。
男は白い棒を地面につきながら歩いている。目が見えないのか。
ガキに手を引かれているのだあながち間違っていないだろう。

あちらはまだ俺とドールに気が付いていないようだ。
ぎりぎりまで引き付けて、男を押さえるか。
其れが今のところ無難な考えだと俺は思った。


「行かないの?」

「まだ待つ。」


後ろでドールがソワソワしている。
急いだって如何しようもない時があるんだよ。少しは静かに待っておけないのか。

あと数mで曲がり角に差し掛かる。
もう少しだ。ナイフを準備しながら俺は「早く来い」と心の中で呟いた。