オレンジロード~商店街恋愛録~

女性は、そして、「私が悪かったんです」と言った。



「私ね、大手の会社に勤めていたんです。バリバリのキャリアウーマン。それで、主人よりも年収が上で」

「………」

「子供ができないのも、主人の方に問題があったんです。もちろんそんなこと、義両親には言えませんでしたけど」

「………」

「主人は最後に私に言いました。『お前といると俺の自尊心はズタズタだ』、『結婚なんてするんじゃなかった』、『そしたらこんな思いもしなかったのに』」

「それはあまりにもひどい。最初は愛し合っていたんでしょう?」

「だから、言ってるじゃないですか。『いつの間にか、それだけじゃダメになる』って」


神尾は、もう何も言えなくなった。

押し黙る神尾に、女性は、



「結婚することは、きっと、悪いことじゃない。だけど、私たちは、お互いに、結婚する相手が悪かったんです。主人には、私じゃなくて、もっといい相手がいたはずなのに」


女性は、けれど、振っ切ったように顔を上げ、



「今は、離婚してよかったと思っています。主人と別れて、仕事も辞めて、この町に戻ってくることができて。伯父の写真館の手伝いも楽しいですし」

「………」

「あの頃は、あれほど誰かと寄り添っていたいと思っていたはずなのに、いつの間にか、ひとりの方が楽だと思うようになっていたなんて、不思議なものですね」


女性はそう言って、最後のコーヒーを飲み干し、席を立った。



「ごめんなさいね。いきなり来て、こんな、わけのわからない女の身の上話を聞かせてしまって」

「いえ」

「懐かしかったんです、私。昔、父や伯父が難しい顔で話し込んでいるのがつまらなくて、よくあなたのお父さまに、学校であった嫌なことをたくさん聞いてもらっていたから」

「またいらしてください。僕でよければ、いくらでも話し相手になりますので」


お金を置き、女性はほほ笑んで、店を出て行った。


ふわりと吹いた風が、コーヒーと百合の花の香りを連れて行く。

願わくば、あの女性の悲しみも一緒に連れて行ってくれたらと、神尾は思った。