オレンジロード~商店街恋愛録~

女性は目を伏せた。


立ちのぼるコーヒーの湯気。

溶けるように流れるジャズの音色。



「私の父も、私が幼い頃に亡くなって。母も3年前に亡くなりましたし」

「それはお寂しい」


神尾の言葉に、女性はうなづき、



「そうですね。私、寂しかったんです。だから、早いうちに結婚しました。年上の男性と。今思うと、男の人のぬくもりみたいなものを求めていたんでしょうけど」

「………」

「でも、長い間、子供ができなくて。それで夫婦関係もぎくしゃくし始めて。結局、離婚して、この町に戻ってきたんです」


何を言えばいいかわからなかった。

下手な慰めの言葉を返す方が失礼だと思ったから。


女性はそんな神尾を見て取ると、



「マスターさんはご結婚されてるんですか?」

「いえ。僕は、そういうことは、全然で」

「もったいないですね。こんなに素敵な方なのに」


そう言ってもらうことの方が、『もったいない』と神尾は思った。

が、悪い気もしない。



「結婚って、どういうものでしょう?」

「それを私に聞きますか?」

「あ、いえ、すいません」


しかし、女性はまたくすりと笑った。



「愛し合っているから結婚したはずなのに、いつの間にか、それだけじゃダメになる」


重たい言葉だと思った。

女性はカップの淵を親指の腹で拭いながら、



「まわりから『子供はまだか』とせつかれ、義両親からは『女が仕事なんてしてるから』、『家庭に入って夫を立てていないから悪いんだ』と罵られ」

「………」

「幸せだったのなんて、最初の1年ほどだけで、あとは我慢と苦しみしかありませんでした。私に忍耐力がなかったと言われればそれまでですけどね」