ある日、客に「花でも飾ったら?」と言われ、確かに殺風景だなと思った神尾は、花屋に足を運んだ。
そこで、勧められるままに百合の花を購入し、棚の奥にあった花瓶を引っ張り出して、見よう見真似でそれに生けてみた。
何だか雰囲気が出ていい感じだなと、神尾が満足していたら、その香りにいざなわれるように、ひとりの女性が来店した。
「お店の横を通ったら、窓からカサブランカのいい香りがしてきたので」
神尾は内心、ガッツポーズしながら、「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
『渡辺写真館』のエプロンをしたその人は、カウンターテーブルに腰かけ、「アメリカンを」と言った。
女性は、コーヒーを作る神尾を一瞥し、くすりと笑う。
「お父さまにそっくりですね」
「え?」
「私、昔は父や伯父とよくこの店にきてて。それで知ってるんです」
「そうでしたか。ありがとうございます」
神尾はできたてのコーヒーを出した。
女性はそれに口をつけ、
「今は息子さんに代替わりしたと聞いて、どうなんだろうと思っていましたけど、何だか安心しちゃいました。コーヒーも美味しいですし」
神尾はまた「ありがとうございます」と言った。
ほほ笑みを返した女性は、
「お父さまはお元気ですか?」
「父は4年前に亡くなりました」
「まぁ。私、知らなくて。ごめんなさい」
焦って言う女性に、神尾は、
「いえ。4年も前のことですし。それに、脳梗塞で倒れてそのまま亡くなったので、あまり苦しまなかった分、よかったんじゃないかと」
「………」
「母もそれからすぐに亡くなったので、今はあの世でふたり、ゆっくりと老後を過ごしていると思います」
「そうなんですか」


