「それが、かなり覚悟してふたりで実家に行ったんですが、父はすっかり丸くなっていて、こちらが拍子抜けしてしまいました」

「まぁ」

「私が出て行ってから、父は母にこっぴどく怒られたようで。それでまぁ、『元気でやってるならそれでいい』とだけ」

「あらあら」

「子供ができたので結婚することも伝えました。そうしたら、母は飛び上がって喜んで。父は納得できないというような顔をしていましたが、母の手前なのか、もう何も言われませんでした」

「よかったじゃない」

「まぁ、そうですね。まだ父とのわだかまりが完全に解けたわけではありませんが、こればっかりは、時間がかかるでしょうから」

「そうねぇ」

「彼が『やっぱり入籍は雪菜の親に認めてもらってからだ』って言ってるので、まだ問題は山積みですけど、ひとつひとつクリアしていくしかないので」


冷蔵庫にはおやつがない。

どこにあるんだと陸人は聞きたいのだが、井戸端会議に口を挟むタイミングは今も掴めないままで。



「レイジくんのお仕事は? 噂じゃ、『長谷川酒店』は店じまいするって聞いたけど」

「そのことなんですけど。彼が『長谷川酒店』の権利を買い取る方向で店長さんと話してるみたいで」

「買い取るって?」

「土地と建物を譲渡するっていうんですか? 私も詳しくはわからないんですけど、簡単に言えば彼が『長谷川酒店』を継ぐ形になるっていうか」

「すごいじゃない、それ。ってことは、酒屋も残るし、レイジくんもずっとこの町にいてくれるってことでしょう?」


大人の話は難しすぎてよくわかない。

しかし、陸人がひとつだけわかったのは、母にとってはレイジが酒屋にいるならそれでいいということだろう。


だからムカつくんだよ、あの野郎。



「母ちゃん! 俺のおやつどこだよ!」


怒りのままに陸人はやっと声を上げたのだが、



「宿題してない子におやつなんてあるわけないでしょ!」


と、一蹴されてしまう。


酒屋の男の前では目がハートマークな母なのに、息子の俺の前ではまるで鬼だ。

ひどすぎるし、だから余計、陸人はレイジに腹が立つのだ。