【…では…、ニュースをお送り…ます。本日…市の民家で…親子…殺害、……犯人は若い女性とみられ…警察では……】
…遠くで何かが聞こえた気がした。
目を覚ますとそこは白く隔離された異質部屋だった。そこが病室だと分かり、私は上体をゆっくりと起こす。
お医者さんの話だと、私はとある事件に巻き込まれ、命からがら逃げ出してきたのだという。その事件のショックから、記憶がなくなってしまったのだ…とも。
「では、質問しますね。あなたの家族構成を教えてください。」
『…わかりません。』
「あなたの名前は高浜千鶴。この名前に覚えは?」
『…ありません。』
自分の名前すらわからない。
…どうしようもない不安と虚無が私を襲った。
こうしたショックによる記憶喪失は日常の中で刺激を受けながら少しずつ思い出していくのが適切らしい。
幸い体に傷はほとんど無く、すぐに私は退院した。
「よかったな、千鶴。」
彼は杉沢凌介。私の幼なじみで実の兄のように一緒にいた、らしい。
にこりと微笑んだ彼に私は何も言わず頷いた。
「…千鶴、しばらくは俺の家においで。…野郎の家だけど、一人でいさせるよりはマシだしな。」
『…はい、ありがとう…ございます。』
「…敬語なんてやめてくれよ。お前は妹みたいなもんなんだし、な。」
困ったように微笑む彼に、私も困った顔を向けてしまう。
…私が巻き込まれた事件とはどんな事件だったのか。
私はどうして記憶をなくしてしまったのか。
私は、一体誰なのか。
紐解く時は…今なのかもしれない。
