「あ……でも……」


「ん?」


あることを思い出して言いそうになったけど、やめた。

シィ君はあの事には気付いてないのかな。


わたし達が本当に初めて出会ったのは、入学してすぐの頃だ。


1階の渡り廊下でぶつかって、落としたスケッチブックを拾ってくれた。

いくらなんでも、あんな些細な事が記憶に残ってるわけないか……。


「ううん。なんでもない」


わたしは首を横に振った。



「ナオ!」


いつからそこにいたのか、教室の入り口に、ユカリちゃんが立っていた。


「おー。ごめんごめん」


シィ君は自分の席から忘れ物らしいバインダーを取り出し鞄に入れた。


ユカリちゃんの方へ視線を送ると、なぜか困ったような表情でこちらを見る彼女と目が合った。


「……ちぃちゃんも一緒に帰る?」


ユカリちゃんのその言葉に慌てて首を横に振った。


「ううん。もうちょっと残っていくから」


いくらなんでも、わたしがいたらお邪魔だもんね。



「じゃ。お先」


シィ君が手をヒラヒラさせて教室を出て行った。


「うん。バイバイ」


去っていく二人を見送ってから、またスケッチブックを開く。

スケッチブックの中の、描きかけの教室を眺めた。




この教室で過ごすのも、あとわずか。


シィ君の顔を見ることができるのも……あと少しだ。