「ね~ ね~。ミサキぃ。」
ユウナが甘ったるい声で話しかけてきた。

「…何か用? これから部活なんだけど。」
鞄を肩に掛けながら、キッパリと言った。

「大丈夫、すぐだから。」
「だから何って。」
「昨日ね、結構 遅くまで学校に残ってた先生が居たんだって。」
「…じゃあ、まさか…………… 」
「そう。何か知ってるかも……………。」
二人は顔を見合わせて頷いた。



「しつれーしまーす。」
ユウナは、ハキハキした声でそう言いながら職員室の扉を開けた。

「……………どの先生?」
ミサキがユウナに耳打ちする。

「あの先生。ほら、今 丸つけしてる男の先生。」
「あぁ、あの先生ね。」
二人は足並みを合わせて例の先生へ近づいた。二人の気配を感じてか、男の先生は顔を上げた。その顔には、くっきりとクマが出来ていた。

「……………えっと……、昨日 遅くまで学校に残ってたんですよね。」
ミサキが、静かに尋ねる。

「あぁ。十二時頃まで、な。」
その先生も、赤ペンを持ったまま静かに答える。

「………あ、あの! 昨日の夜は何もありませんでしたか?!」
ユウナの声は、その場に合わない明るくて、少し大きい声で言った。周りの先生 数人が三人の方を見た。

「い、いや………。特には何も……………。」
「本当に何も無かったんですか?」
少しばかりうろたえている先生に、ミサキの静かな 鋭い声が通る。

「あ、あぁ。強いて言えば、七時頃に忘れ物を取りに来た子がいたぐらいさ………。」
「その子は、何て名前なんですか?」
ユウナがすかさず聞いた。

「え、っと……………。あぁ、モモカって子よ…。今日は休んでるんだが………。」
二人は目を見開き、先生は何度も瞬きした。


「しつれーしましたー。」
ユウナの明るい声が数人の生徒が歩く廊下に小さく響いた。

「…………じゃあ、私は部活に………。」
「…ねぇ、忘れ物を取りに来た…………… 」
「モモカちゃん?」
「そう。その子、帰りは職員室に顔出してないんだってね。」
「……まだ学校に居るとでも言いたいの?」
「だって、鍵を返しに来るでしょ? 帰る時に。」
「……まぁ、ねぇ。」
「なら、気付くでしょ? あの先生。」
「でも、さっき見た限りでも鍵は全部あったでしょ?」
「そう………。そこがおかしいんだって。『誰が』返しに来たんだろう……?」
「先生がずっと職員室に居たんだから、十二時以降……………。」
「でも、それ以降に、学校に入る事は不可能でしょ?」
「……………とにかく、部活に行かせて。」
「あ、ハイ。すみません。」
ミサキはユウナに背を向けて、体育館へと歩いて行った。