蝉の声が鬱陶しい。照りつける日射しが眩しく暑い。

 汗が顎のラインに沿って滑り落ちる。拭いたくとも、両手が塞がっている為に拭えない。

 近所にはあまり子どもが住んでいない為か、車の騒音と蝉の声しか聞こえない。


 買い出しから戻った奏多を出迎えたのは、玄関先でうつ伏せになって倒れ込んでいる祥花だった。


「……おい」


 声をかけると、僅かに指先が反応を見せる。


「私もう生きていかれない…」


 今にも死にそうな干からびた声に、奏多は溜め息を吐いた。


 中学最後の夏休みに突入して早三日。

 祥花は朝早くから部活に向かい夕方帰宅するが、その度に玄関先で倒れ込む。どうやら暑さとハードな練習が堪えるらしい。


「そんなにきついなら行かなきゃいい。コンクール終わって三年は自由参加なんだろ」

「うーん…。私ソロコン出るから…出来るだけ行かなきゃなのー」


 未だうつ伏せ状態のまま、祥花は答えた。


 ソロコンテスト。名前の通り一人で楽器を演奏し、優劣を競い合うものだ。

 これは別に強制ではなく力試しのようなもので、希望者だけが参加する。


「ソロコン参加しますーって言ったらねー、里田せんせー目の色変えて超スパルター」


 呆れながら祥花に肩を貸して起き上がらせていると、里田の名に反応した。


「普通なのか」

「何がー?」

「里田」

「あぁーうん、普通ー。んん? やっぱ普通じゃなぁい」

「?!」

「優しくなくなったぁ」


 泣きべそをかくようにぼやいた祥花に、奏多は密かに安堵の息を漏らす。


「酔ってんのか、お前」

「熱にやられたぁ…」


 祥花はとことん暑さに弱く、寒さに強い。が、奏多はその逆。


「アイしゅが食べたーい」

「呂律回ってない」

「買って来てー?」

「買って来た」


 その言葉に反応し、祥花は元気を取り戻した。

 きょろきょろと辺りを見回す。