未来ーサキーの見えない明日までも。

「でも、ごめんなさい。もう先生を……好きだと思えないんです。今は、先生が、怖い」


 懸命に言葉を探しながら、祥花は自分の思いを伝える。


「だから、ごめんなさい」


 祥花は手を引っ込め、肩を震わせて嗚咽を漏らした。


 里田はゆっくりと屈み、祥花と目線を合わせる。


「ごめんな。怖い思いさせて」


 祥花は大きく首を振り、里田を許す。


「私、先生の事尊敬してます。先生のピアノもフルートも好きです。だから、辞めないで下さい」


 里田がハッと息を呑む。


 奏多は祥花の言葉が理解出来ず、眉を潜めた。


「私、先生から習いたい事、まだあるんです。だから」

「許して……くれるのか? 俺を」

「人は何度も過ちを犯す。何度も躓く。それを乗り越えて、やっと良い音を出せるんだって――教えてくれたのは、先生じゃないですか」


 里田は止めどなく涙を流した。更に募る愛しさに苦しみながら。


 ──彼が祥花に惹かれたのは、祥花のそんなまっすぐさ。


 思わず手を伸ばしてしまいそうになるのをグッと堪える。里田にはもう、祥花に触れる資格はないのだ。


「謝って済む問題じゃない。けどもし君が許してくれるなら…、フルートをもう一度教えさせてくれ」

「はい。よろしくお願いします」


 祥花は微笑み、最敬礼した。里田は涙を拭い、ソファーに深く座り込む。


「君はまっすぐで、いつも笑って最後まで諦めずに取り組む。……そんな姿に惹かれたんだ。大の大人がな」

「私は、熱心にフルートを教えてくれる先生が好きでした」

「ありがとう。片時でも、好きになってくれて」

「私の方こそ、あんなに想ってくれてありがとうございました」


 人が良すぎる祥花に呆れ、苛立った奏多は二人の間を裂く。

 祥花が許そうが、奏多は許さない。彼女がどんな風に泣いていたのか里田は知らないのだから。


「もうしないと誓って下さい」

「……誓うよ」


 嘘をついているようには見えなかった奏多は、腑に落ちないが、里田を信用する事にした。