祥花はきゅうっと胸が締めつけられる思いがした。


「原田さん、今日は帰って下さい。あと、その日は絶対変えて下さい」

「……分かりました。失礼します」


 留衣は頭を下げ、リビングから出て行った。


 静まり返るリビングで、祥多はソファーに座り込む。


「お父さん。大丈夫?」

「ああ。少し感情的になりすぎたな。どうも花音の事になると…」


 ハハハと笑いながら、俯いた。


「再婚、とかしないの?」


 長い黒髪を耳にかけ、遠慮がちに尋ねて来る祥花に、祥多は微笑んだ。

 不意に見せる仕草の一つ一つが花音にそっくりで妙に安心する。


 最近、本当によく似て来た。


「新しい母さんが欲しいか?」


 まだ子どもである祥花と祥多には新しい母親が必要なのではないかと、何度も考えて来た。しかしその度に、一歩踏み出せない自分がいた。

 子どもの事を考えれば、再婚はある意味で良い事なのかもしれない。


「正直に言っていいの?」

「ああ」


 向き合う二人を、奏多はキッチンから見守る。


「新しいお母さんなんて要らない。私のお母さんは一人だし、お父さんと奏多と楽しく暮らしてる今のままが一番幸せ」

「……そうか」


 綿飴が口の中でふわりと甘く溶けるように、祥多は微笑んだ。

 奏多もまた、そんな二人のやり取りに珍しく口許を緩めた。


「あ、でもね、お父さんに良い人がいるなら」

「いや。お前達が不自由してないならいいんだ」

「でも」

「それに、俺は花音しか愛せないと思う。たくさんの事を乗り越えて一緒になったからな」


 祥多はソファーと向き合う窓際で笑う花音を眩しそうに見つめた。本当に愛していたのだと、今でも尚愛しているのだという事が伝わる。


「奏多もそれでいいか?」


 祥多は奏多に目を遣り、尋ねる。奏多は無表情に頷くと、キッチンを出た。


「俺達、二階で勉強してるから」

「ん、あぁ、頑張れよ」