「凪」
「な、何…?」
「琥珀を売ってくれないか」
「売りません」
「……即答かよ」
「ダメに決まってるでしょ。……ていうか何?今日はそういう用件だったの?」
「いや……そういうわけじゃないけど。ついでに営業もしておこうかと思って」
「残念。ダメです。琥珀は売らないよ」
「取引額を聞いてもか?」
「分かってるよ。一生遊んでも余りあるくらいのお金でしょ?」
「…………」
「お父さんが亡くなってから、そういう話しは頻繁に持ちかけられてるのよ。ファーストロイドの人が何度うちに来たことか……
最近は少なくなってきたと思ったのに、今度はあんたまでそんなこと言いだすとはね」
「しょうがないだろ。あれほど良くできたアンドロイドは、他にないからな。……一日だけ借りるのもだめか?」
「ダメ。おじいちゃんの遺言で、誰にも中を見せるなって言ってたもん」
「この際、九条博士の研究資料を一枚見せてくれるだけでもいい……」
「残念でした。おじいちゃん、資料は全部焼いたしデータも全部消去済みだよ」
「本当に?」
「うん。残ってるのは琥珀だけなの。本当に」
「…………」
「だから、ダメ。唯一のおじいちゃんの残した大切な形見だからね。琥珀は手放せないよ」
「……形見?本当にそれだけの理由か?」
「何がいいたいの?」
「別に」
東はふいと視線をそらすと、再びフォークを手に持った。
私も箸を手にすると、半ば詰め込むかのようにして急いで料理を片付けた。
財布からなけなしのお札をすべてひっぱりだしてテーブルの上におき、席を立つ。
「……?」
「帰るよ。あんまり遅いと、琥珀が心配するから」
「奢るって言ったんだけど」
「いいの。さっきの話聞いて、なんだかあんたに、借りを作っておくのが怖くなっちゃったから」
「そんなつもりはないんだけどな」
「……うん、東はそういう奴じゃないと思うけどね」
「まあ何でもいいけど、もうちょっと待てないのか?家まで送るのに」
「いいよ。ここから家までそう離れてないし、警備ロボも多いしね」
「そうか……まあ、いいや。こういう時のお前は何言っても聞かないだろうしな」
「わかってるじゃないかー」
「……お前は全然かわらないな」
「東は少し変わったよね。以前にも増して、クールになったというか」
「変わるよ。人間だからな」
冷めた表情で片手を上げる東に手を振り返して、レストランを後にした。

