アンドロイドと愛を学ぶ


「凪」 



入ってすぐに、琥珀が立ち止まってこちらに手をさし述べてきた。



「?何?」
    


「手、つなぐか?」


  
「えっ……な、何で?」


           

「お化け、怖いのだろう?」




「そりゃまあ……怖いけど……」



いい歳して、“怖いから手をつないでもらう”なんて恥ずかしすぎる……。




「……いい」



「む、いいのか?」



「うん」



「そうか」


琥珀は手をおろすとこちらに背を向けて歩き出した。

……ちょっと後悔。


だって、想像以上にお化け屋敷の内部は怖そうな雰囲気だ。

いくら二人で入っているとはいえ、いまいち心許なくてそわそわする。


ーー……




「ねぇ、琥珀」




「…………」




「琥珀?」




「…………」




「琥珀?」




「…………」




ーー…反応がない。


……というか。



「琥珀、ちょっと歩くの速いよ」




「…………」



「聞いてる?」




「…………」



聞こえていないのだろうか。琥珀はぐんぐんと先へ行ってしまう。

ー…どうしよう。暗くてもう琥珀の姿が見えなくなりそうだ。

急いで追わないと……!




「琥珀、待っーー」



カサッ



「出たああああああああああ!!!!」



早速でてきたお化けは全身血みどろの包帯男だった。しかも想像以上にリアルな作りだ。


おそらくアンドロイドなのだろうけれど、人間が演じるお化けとはひと味違った不気味さが晒しでている。


ー…怖い。これは怖すぎる。


 
何より琥珀がいない。



今のお化けに足止めをくらったせいで、もう完全に、琥珀の姿を見失ってしまった。


一人で途中退場口までたどりつかなきゃいけないのだろうか……?



…無理。無理無理無理。一人なんて絶対に無理。


……というか。



「なんで琥珀、先に行っちゃうわけ……!?」



あまりの恐怖に、怒りすらわいてくる。

後で琥珀に会ったら、めちゃくちゃ文句言ってやる。

琥珀の嫌がることしてやる。
フォークで皿ひっかいて変な音だしてやる……!

怒りの衝動のままに、震える足に鞭を打って先へ進む。




ー…やはり怖い。怖すぎる。




無理。もう嫌だ。



琥珀のばか……!!





ーーーー耐えきれなくて下を向いて走り出す。

角にさしかかったその瞬間。



「わっ!!!!」



「ぎゃあああああああああ!!!!もう嫌ぁああああああーーーー!!!!」



殴りかかるいきおいで闇雲に手を振り回す。




「おっ。と、とっ」


ー…手首を掴まれ、動きを封じられてしまった。



「凪、落ち着け」


「えっ……?」




「俺だ」


落ち着いて顔を上げると、目の前にいたのは琥珀だった。


「琥珀……?」



「うむ。驚いたか?」 



「…………」


ー…何とも言いようのない、よく分からない感情がこみ上げてくる。



それが喉元までせり上がってきた時、私は思いっきり口を開いた。



「最っ低!最悪!何で先に行くの!?」


「む?なんだ?怒っているのか?」


「怒るに決まってるでしょ!意味わかんない!何なの!?」


「む、何だ。何が何なのなんだ?」


「何で先に行ったのかって聞いてんの」


「凪を驚かそうと思ってな」


「何で!?」


「こういう時じゃないと、お前をからかう機会なんてないからな」


 
「……もう最悪……本当最悪………」




「……すまない」



「……もういい」



「凪、起こらないでくれ」


「…………」


 

ー…琥珀の困った顔を見ているうちに、怒っていることが馬鹿馬鹿しくなってきたけれど。


なんとなく収まりがつかなくて、そっぽを向く。


                  

ーすると、ふいに琥珀が腕を引っ張ってきた。



「!?」


「すまん凪、泣かないでくれ」


「へっ、は、え、泣いてないですけど……」


「泣きそうだったのだ」


「えっ……と、いうか……な、何してるの琥珀……」


何故か抱きしめられて、頭を撫でられている。

よく考えたら、琥珀にこんなことされたのは初めてかもしれない。

そもそも誰にもこんなことされた覚えはない。


ー…何か、何だろう……妙な感じだ。




「泣いている子をあやす方法」



「……もしかしてこの間の金曜ロードショーの?」



「あぁ」



「あ、あのね……私お子様じゃないんですけど……あと、別に泣いてないから。

……だから、離して」




「うむ」


 
パッと琥珀が私から離れる。


「もう怒ってないか?」


「……怒ってないよ」



そんな気はとうにそがれた。


「でも次に置いていこうとしたら、フォークで皿ひっかくからね」



「な、なに!?い、嫌だ。絶対嫌だぞ」


「じゃあこんなこと絶対にもうしないでよ」 


「あぁ、しない。凪に泣かれるのは、フォークで皿をひっかかれるよりも気分が悪くなるからな」



「……そう。……泣いてないけど」



「ならば、凪」


はい、と目の前に手が差し出される。


 
「…………」


この流れなら手をつないでもらうのが自然なんだろうけど。


むしろ、何としてでも手をつないでもらいたい気分なんだけど


……何故だろう。妙に躊躇われる。

素直に頷けないのは、私が意地っ張りだからだろうか。



「凪?」



「う、うん、えっと……」


 
「……………ふむ」


何かに思い当たったように、琥珀が瞬きする。

  

そうして少し強引に、私の手を取った。

 
     
「俺が、凪と手をつなぎたいのだ」


「え?」


「実は俺も少し不安でな?先程出たお化け、すごく怖かったしな」


「そ、そう」


「あぁ。だから手、離さないでくれよ」


「……うん」



ー…琥珀は“人間”だとか“アンドロイド”だとかいう以前に、“大人”だと思う。