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「ここ、よろしいですか?」
やっぱり面白い。大人びた口調がまるで似合っていない声がして、僕は振り返る。
「隣のベンチが空いてますよ、桜ちゃん」
先ほど、香田さんによって追い出されたのに、どうやら帰っていなかったらしい。
「……ちょっと、ここ寒くなぁい? 森野さん、いつもこんなとこで休憩なの?」
「そうですよ」
「風邪ひいちゃうって。アッ、こないだ桜はひいちゃったんだよ~。そのときにね、英語分かんないとこあったから森野さんに教えてもらおって思ってたんだけどねっ」
桜ちゃんはとても早口で、ひと息で多くを話し、そして大きく呼吸をする。その姿は、まるで、早く大人になろうと生き急いでいるようだ。
「もう風邪は大丈夫?」
「うんっ!」
言いながら、ピースサインで復活を表す。
「それは良かったです」
「ありがとっ。でね、さっきの続き。――森野さんとこ行こうって思ったけど、菜々ちゃんに止められちゃった。『ここで私が教えるから家に帰りましょう』って。ドーナツ屋さんだったんだけど、そこでお茶してたんだ。心配して、おでこに手をあててくれようとしたんだけどね、菜々ちゃん小さいから、向かい側の桜に届かなくて、結局ほっぺプニプニされただけでね、もうそのときの菜々ちゃんがメッチャかわいいのっ」
「帰宅は、賢明な判断かと」
「……つまんないっ」
何故か拗ねた様子で、桜ちゃんは空を見上げた。



