「お帰りなさい」

 扉が動きアガタ様の姿が廊下の光によって浮き上がる。

「まさか出られるとは思わなかったけど、ノコノコ戻ってくるんじゃ同じことよね?」

 クスクスと笑いながら、ヒタリ、ヒタリと足を進めてくるアガタ様に私は震える足で一歩、また一歩と後ずさる。
 猫に追いつめられた鼠もこんな気持ちかと頭のどこかで考えながらじりじりと後ろ向きのまま下がって行く。
 ふいにアガタ様が歩みを止めたことを不思議に思いながら、距離をとろうとまた一歩足を動かした瞬間――。

「え――」

 ガクンと揺れる視界、遠くなる天井。
 ――しまった! 今上がってきたばかりの階段のことを忘れるなんて……!
 大きく開いた私の目に、氷のような冷たい目で微笑むアガタ様が「さようなら」と口を動かしたのが見えた――。