「カルドーレ! カルドーレ!」

 朝早く、一つの部屋の入り口から廊下に向けて高い声が響きわたる。
 廊下を急ぐ私をなんだなんだといった様子で何人かの人が見ているけれど構わず、メイド服に身を包んで走らない程度の速さで足を動かす。
 ――私はなんでアガタ様のメイドをしているんだろう?
 アガタ様と出会った時が始まりだった。
 シン様のかわりにアガタ様が面倒を見てくれる、そう言われたのでどうするんだろうと首を傾げた私にアガタ様はフフンと誇らしげに笑った。「あなたにメイドの仕事をさせてあげるわ」と言って。
 それからかなりバタバタと忙しかった。すぐ向かえるようにと私の部屋はアガタ様の隣の部屋に。
 軟禁状態がなくなったのは助かったと最初は思ったけれど、朝から晩まで動き回るとなると身がもたない。
 正直体力がなくて運動神経もない私には重労働で、メイさん達の仕事がいかに大変かここ数日の間で身にしみている。
 アガタ様がきてからはシン様との面会を禁じられ、寂しさを感じる暇もなく動き回っていた。

「遅いわよ! さっさと髪に櫛を通してちょうだい」

「は、はい。ただいま」

 部屋に入ると鏡台の前に座っているアガタ様が上半身をひねってそう言い、私は慌てて鏡台の近くに置かれた櫛を手にとる。
 波うつ髪はツヤツヤと輝いていて、できるだけ慎重に櫛を通していく。
 全体に通し終わるとアガタ様は満足そうに笑った。

「やればできるじゃない。何日か経ってようやく使いものになってきたわね」

「はあ……」

 未だにこの状況に要領を得ない私は気の抜けた言葉しか返せない。
 とりあえず臨時でメイドさんの仕事をさせてもらっていると思うことにしている。

「朝食は運ばなくていいわ。今日はシン様の執務室でいただくから」

 「別のメイドに執務室へ運ばせるからあなたは部屋に戻ってちょうだい」と言われたのでおとなしく退室する。

「ふう……」

 扉を閉めて距離をとってから一息。アガタ様は一言で言うなら嵐のような人だと感じる。
 綺麗で凛々しくて、まわりを巻きこんでしまう力があるような。
 アガタ様といる間は緊張しっぱなしで、下がらせてもらう度に体の力が抜ける。
 シン様と朝食をとられるならしばらく呼ばれることはないと思う。