耳をすますと距離はあるみたいだけど、今いる廊下は一本道だからこのままだと見つかってしまう。
 握っているシン様の手を引いて逃げようと声をかけるために振り返った体を戻した私は頭が真っ白になる。
 逃げる手段を考えるために言葉を話さなかったと思っていた。けれど、シン様は顔を真っ青にして汗を流し、やがてその場に座りこんでしまう。

「シン様……? シン様……!」

 小刻みに体が震え出して様子がおかしい。急にどうしてしまったの……?
 同じように座りこんで声をかけることしかできない私は、前から突然聞こえた足音にバッと顔を上げた。
 ほんの少し前まで前方に人の姿などなかったのに、そこには軍服を身にまとった体格のいい男性が立っている。
 白銀の髪に赤い目。その人は肖像画で見たルニコ様と似ているけど、冷たい眼差に身が縮む。
 苦しむシン様の姿を見た男性は冷たい眼差しのまま口元だけでニヤリと笑った。

「王宮に鼠が入りこんだと思ったら若造が二人とはな……。しかも男は異能持ちと見える」

 「異能封じの石が役に立った」と冷たく笑う男性に体の熱が失われていく。

「我がセルペンテ国、国王ルニコの王宮に入るとは命知らずな――」

 途中で言葉を止めたルニコ様はシン様を見て目を見開く。

「白銀の髪に赤目だと……?」

 「そんな馬鹿な……」と小声で続けたルニコ様は私に視線を動かした。
 鋭く冷たい目にそらしそうになるけど、負けるもんかとじっと見つめ返す。

「娘よ。その男はなんだ」

「このお方はセルペンテ国の第一王子であるシン様です……!」

 一気にそう言うとルニコ様はハッと息を飲んだ後、みるみる顔を不快に歪めた。

「馬鹿なことを言うな! 私に息子などまだおらぬ!」

「そんな……! シン様はルニコ様のご子息です!」

 ルニコ様の否定する言葉にショックを受ける。
 けれどルニコ様がまだと言ったことにはたと気がついた。

「あの、ルニコ様はご結婚されていますか?」

「何だ藪から棒に。していないが何か関係があるのか?」

 訝しむルニコ様に私は何となく理解した。
 目の前にいるのがセルペンテ国、国王のルニコ様で間違いがなく未婚であるのなら。ここはきっと過去の時代。
 信じられないけどそれしか説明がつかない。
 私はシン様の手を離し、その場でルニコ様に向けて土下座をした。