「好きな人はいないよ。でも、いきなり王子様の婚約者候補の試験を受けてこいって言われても……」

 私は膝の上にのせていた両手を握る。もちろん受かるはずがないことは分かっているけれど、私は不安を感じていた。

「確かに国と王族の始まりは蛇神様と人間の女性が結ばれたことだけど、だからって私が希望者として行っていいとは思えないよ……」

 私はただ怖いのかもしれない。たとえ途中で家に帰るつもりでも、相応しくないと冷たい目で見られたり拒絶されたら誰だって怖いと思う。

「大丈夫。王様も王子様も優しい方だ。人となりを知らずに追い返したりしないよ」

 「カルはワタシとソーレの自慢の娘だ。自信を持ちなさい」と笑顔で話すお父さんに違和感を感じて首を傾ける。
 ん……?
 お父さんの目が何だか真剣に見えるのは気のせいかな?

「よかったよかった! カルに思い人がいないなら、心おきなくシン様にカルを頼めるからね」

 「ワタシもソーレも一安心だ」と言い切るお父さんに私は嫌な汗が流れるのを感じた。
 もしかしてお父さんもこの試験には乗り気なの?
 できるだけ当たり障りなく途中で辞退したい身としては味方がいないとつらいんだけどな。

「もう少し先に馬を休憩させる場所があるから、そこに寄って王宮へ向かおう」

 嬉々として前を向いて手綱を持ち直したお父さんは、私の気持ちを言葉にさせる間を与えずに再び馬車を走らせた。


***


「うわぁ、馬がいっぱい……!」

 馬車から降り、目の前に広がる光景に私は気持ちが高ぶってそう言った。
 馬の休憩場所となっている広場には馬車がいくつも停まっていて馬がたくさん休んでいた。
 馬達はそれぞれ運転手と思われる人の近くで水を飲んだり、あちこちに置かれている干し草を食べたりして過ごしている。
 何頭もの馬を見て私は不思議に思った。茶色や黒色といった毛色の馬がいる中に、真っ白な馬は一頭もいない。
 私が乗っている馬車をひいている馬だけが白くてとても目立っている。

「お父さん、白い馬って珍しいの?」

 馬に水をあげているお父さんに聞いてみると、お父さんは「うーん」と曖昧な返事をして今度は干し草をあげ始める。

「蛇神様が白い蛇だと言われているから、真っ白な馬は主に王宮で飼われているんだよ。だから珍しいと言えば珍しいかな?」

「そうなんだ……」