「敷地内にある母が育てていた花畑で出会ったけれど、君はルーチェよりも幼かったからね。でも、僕は覚えているよ」
「わ……っ」
握られた手を引かれ、私の体はシン様に覆い被さる形でベッドに倒れこむ。
近すぎる距離に慌てて離れようとしても背中に腕を回されて動けず、顔に熱が集まってしまう。
「母の死を悲しんでくれて今みたいに瞳を涙で潤ませながら、それでも僕を真っ直ぐ見てくれた」
「……っ!」
頬に手をそえられて顔が近づいてくる。
思わず目を強くつぶると柔らかい何かが目尻に触れた。
驚いて目を開くと赤い瞳が間近で細められていて心臓の鼓動が急速に増えていく。
「――ほら。今だって目をそらさない。それに涙も僕を怖がっていないって言ってるよ」
え……?
涙で心の中が分かるの……?
というより今目元に感じた柔らかいものって――……!
「ふふ、顔が真っ赤でリンゴみたいだね」
「可愛い」なんて言って目の前で笑うシン様に何がなんだか分からない。
「僕が水を操れることは前に説明したよね? これも蛇神様の力なのか人の涙に触るとその人の気持ちが分かるんだ。幼い君の涙は母を悲しんでくれている気持ちと、僕の姿をキラキラして綺麗と思っていることを教えてくれた。心が救われたよ」
「シン様……」
確かにシン様の姿は綺麗だと思っているけれど、そう思っている人はたくさんいると思う。
それに、ラナさん達もいる。ハッと思い出した私は腕に力を入れてシン様の上から離れて立ち上がった。
「どうしたの……?」
「――これも試験ですか……?」
「え……」
王子様が私を気に入ってくれるなんて嘘みたいで。
ラナさん達の顔が浮かぶ。
ラナさん達は本気でシン様の婚約者候補になろうとしてるんだ。シン様の優しさに嬉しさを感じているだけの私は邪魔になると思うから。
「試験なら私にはもうしなくて大丈夫です。ラナさん達にしてさしあげて下さい」
目を見開くシン様に笑顔を作って伝える。
胸のどこかで感じる寂しさはいつか忘れるだろうと押しこめて。
扉の前にきて取っ手に手をかける。
お別れだと思いながら扉を少し開けると、被さってきた手によって扉が勢いよく音をたてて閉まった。
――え……?
大きくて冷たい手の持ち主はこの部屋に一人しかいなくて――。
「行かせない」
「――!」